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人生における決断と直感、そして予感について

“なんかこの方向じゃない気がする。”
“これをやった方がいい気がする。”

自分の『直感』に頼る機会がこの1年でかなり増えた。
不思議だが、その直感に従って後悔した記憶がない。

これは一体なぜか?

直感に従ったことを忘れてしまった場合を除いて、僕は内側から生じる『腹落ち感』が自分に後悔を感じさせない働きをしている気がする。

この『腹落ち感』の正体は一体なんなのだろうか?

僕は「自分で選んだ」という納得感だと捉えている。

頭で考える場合は可能な限りの選択肢を出し論理的に答えを導く。だから失敗した時に「やっぱりあっちを選ぶべきだった」と他の選択肢を責める余地が残る。
一方で、直感の場合は自分の意思を介在させて答えを導くため、後悔が入り込む余白が少ないように僕は考えている。

そもそも何かの答えを導く際の方法は大きく2種類ある。
選択と決断だ。
2つの違いを整理すると以下になる。

・選択
多くの場合、客観的なデータや論理に基づき合理的に判断できる。つまり提示された複数の候補から「最適なものを選ぶ」行為。

・決断
不確実性が残る状況で、ある可能性を「切り捨てて」他の可能性を選ぶことであり、論理だけでは答えが出ない場合に下される強い意思を持った行為。

最後の一文の「強い意志を持った行為」という一文は非常に納得がいった。僕の抱いている「腹落ち感」はきっとこれと関係していると思う。

どちらかがより良い選択なのかを論理的に導ける「選択」より、論理的には決めきれない「決断」はもっと難しい。
だからこそ「決断」のシーンで直感が役に立つのではないだろうか。

そうであるならば、今後の人生においてお世話になるだろう『直感』、そして直感とセットになって時折僕の目の前に現れる、未来に起きる事への『予感』について、30歳最後のnoteとして今の僕の考えをまとめたい。




直感について

昨今、とても研究が進んでいる

まず、この直感的思考をスピリチュアルと一括りにしないように、学術的にも研究が深まっている領域である事実を簡単にまとめた。

・ジークムント・フロイト(精神分析)
無意識は欲望や葛藤の宝庫であり、そこからくる「直感的な反応(夢・感情)」は意識では抑圧された真実の現れとした。

・ カール・ユング(分析心理学)
「直感」は1つの主要な機能であり「意識されない可能性を感じ取る能力」と定義した。

・ダニエル・カーネマン(現代認知心理学)
人間の思考には「システム1(直感的・無意識的・高速)」と「システム2(論理的・意識的・遅い)」の2種類があるというデュアルプロセス理論を示した。

・ゲルト・ギーゲレンツァー(現代認知心理学)
「人間は直感的に判断するが、それは必ずしも非合理ではなく、むしろ不確実で複雑な状況において合理的で有効な判断をしている場合も多い」という「速くてムダのないヒューリスティクス」という概念を示した。

出典:ChatGPT

つまり、直感とは当てずっぽうで投げやりに答えを導いているのではなく、脳や身体が、過去の経験・感情・パターン・身体感覚を総動員して一瞬で「こっちに進むべきだ」と判断する仕組みなのだ。

直感=『無意識下の瞬間的な思考』と言い換えられるだろう。

ここからは僕自身の具体的な体験を振り返っていく。


直感を意識するようになったきっかけ

直感を意識するようになったのは1年前の11月だ。

幼少期から複雑な家庭の事情ではあったが、それらを忘れさせる程に公私の両面で辛い出来事が重なり本当に辛い時期だった。
食欲不振と血便が止まらず体重もガクッと落ちた。

日本に帰った方が楽になれるーーーーー。

一度思い浮かんでからは、「むしろ〇〇なメリットがある」という論理的な思考で導かれる「それっぽい理由」がいくらでも簡単に思い浮かんだ。

数日だけ緊急帰国をして友達と家族と久々に再会して、その想いが深まっていくばかりだった。

ついには荷物を全てパッキングして家のオーナーに退去の連絡をした。


だがその時、頭の中に1人の姿が浮かんだ。

“あの人なら僕の決断にNoと言うに違いない。”
“本当はそれに従った方がいいんだろうなぁ。”

どこからか直感と予感が同時に現れたその矢先、一本の電話がなった。

頭の中に浮かんだその人からの着信だった。

電話相手は僕のnoteに度々登場するメンターのような社長だ。
自分の胸中と帰国の旨をその人に洗いざらい話した。

答えは僕の予想通りだった。

“今帰ったら5年後必ず後悔する。キツくても絶対に踏ん張れ。”

いつものように耳の痛い言葉を伝えてくれる優しさが温かった。
人生を振り返ると、この人の言葉に救われてきた瞬間が山ほどあった。


“99%帰国を決めていたけど、この人がそういうなら自分の直感に従った方がいいかもしれない。”

直感を信じ、残り1%の可能性にかけ帰国を取りやめた。


その直後から一気に世界が動き出した。

圧倒的に人との出会いが増え、素晴らしい友人に囲まれ、世界中を旅する時間を通じて想像もしていなかった経験と成長の機会に恵まれた。


本帰国を取りやめた翌日の12/1。

思い返せば人生で初めて直感を感じたのは、いつも僕に適切なアドバイスをくれるKさんに5年前に転職相談をした時だ。

“あの人なら盲目になっている自分に厳しい言葉をくれるかも。”
“そして、きっと今の自分はそれを必要としているはずだ。”

そんな直感に従い、実に2年6ヶ月ぶりに連絡を取った僕に対して、Kさんは快く時間を取ってくれ中目黒で再会を果たした。

その場で目から鱗が落ちるような示唆を頂き、それがキッカケになり起業家を志すようになった。
今でも感謝の念が尽きない。


直感に対しての向き合い方

2つの体験を振り返っても、自分がなぜ直感に耳を傾けられるようになったのかはわからない。

社会人になってから8年間毎日のようにジャーナリングを通して、無意識を含めた自分との対話を繰り返してきた事が関係しているのかもしれない。
もしくは、“もうどうとでもなれ!”と思い切って直感に従ったら、たまたま人生が好転したから信憑性が増したということもあるだろう。
他にも理由はあるだろうが、今だにわかっていない。

論理で答えを出していく重要性、物事を言語化する素晴らしさは重々承知している。
そもそも、何でもかんでも当て勘で進んでリスクヘッジをしていなかったら、僕は今の自分でいられていないだろう。

それでも、このような体験をしたからこそ論理との対立構造で考えるのではなく、自分が後悔しない決断を続けていくために『直感と論理』の両輪を回していく姿勢を持ち続けたいと感じている。


予感について

予感とは

直感に関して考える上で避けれられないのが予感の存在だ。
「直感」は今の行動に対しての判断であり、「予感」は未来の展開予測と言えるだろう。
ただし、実際の体験の中ではこの2つがほぼ同時に起きる。

直感は判断(今この瞬間の行動)に強く影響を与えるのに対して、予感は展開(これからの流れ)を感じ取るアンテナに近い。

ここからは非常に言語化が難しく、僕自身も腹落ちしきれていない「予感」についてまとめたい。

時折だが、何処からともなく「今の自分はこれをやるべきだ」のような予感が起こり、その通りに行動した結果、未来の自分の人生が大きく拓いたような出来事が起きた。

ここからは自分の具体的な体験と世界的な心理学者ユングの力を借りながら棚卸しをしていきたい。


予感に見舞われた経験

半年ほど前にアフリカで助産師をしている友達と電話をした。
若い学生時代から直感や予感の感覚が鋭かった彼女が、自身の体験を振り返って次のように発言した。

“あの時の私はそうでないといけなかったんだよ、と思える経験をした事がある。”

“あれは未来の私が当時の自分を引っ張っていたと思う。なぜなら明らかに当時の自分の能力を超えていたからね。”

彼女の言葉に驚きと同時に少し思い当たる節があった。

例えば僕は仕事で必要とされたわけでもないのに、何かに導かれるように社会人2年目の終わりに“英語だ。きっとこれが必要になる。”と英語の勉強を急に始めた。

仕事で悔しい思いをして“周囲に負けたくない”“なんとかして差をつけたい”そういった気持ちは間違いなくあった。
これはハッキリ覚えている。
それを考慮しても、何故英語を選びそのまま導かれるように猛勉強したのかは、僕も今だによくわかっていない。

でも、あの時の予感がなければ、英語を今のようには話せなかっただろうし、そもそも欧州で起業しようという発想になっていなかったはずだ。

このように論理的には説明できないが、後から振り返ると心から“あの時よくスタートしたなぁ。”と思える行動がいくつか思い出される。


未来の自分と今の自分が同時に存在する

こういった予感に関して心理学者のユングは、未来の自分が今の自分の行動に干渉するという見方をしている。

早速、怪しい雰囲気満載だが続けていく。笑

まず、ユングは自己を『既に未来に完成されている像』として捉えている。

自己とは、既に存在しているが、「今の自分」にはまだ見えていない『あるべき自分』や『なりうる自分』の姿である。

心理学者 カール・ユング

ユングは『自己』とは時間の中を順に進む存在ではなく、『全体として既に存在している何か』だと考えていた。

非常に興味深いので少し具体的に説明したい。
ユングは、自己を『人格の中心であり、同時に全体でもあるもの』と定義していて、それは過去・現在・未来を貫く軸のようなものであるが、線ではなく円のような存在と定義している。

自己とは時間の流れに従って「成長していく」ようなものではなく、『元々完成された全体』があり、我々は人生の中で少しずつその全体を思い出していくのだ。

心理学者 カール・ユング

つまり「未来の自分」と「今の自分」は別の存在ではなく、もともと同じ大きな円の別の座標に存在する異なる点であり、同じ『自己』の中の別のフェーズであるという物の見方だ。
だからこそ、未来の自分が直感・予感などの形で今の僕らに干渉する瞬間があると彼は話を展開している。


そしてユングは人間が一生をかけて『本来の自己(Self)』に向かって近づいていくプロセスを個性化(Individuation)と呼んでいる。

ここでいう「自己(Self)」とは単なる「意識できる自我(Ego)」や「自分らしさ」ではなく、もっと深くて大きい存在であり、意識も無意識も含んだ自分という全体を指している。

つまり個性化とは深い無意識・自我・既に存在している未来の自分が段々と統合され、最終的に自分という存在の全体像(Self)へと近づいていくプロセスであるとユングは定義つけている。


どうすれば直感や予感を目を向けられるか

理解の範疇を超えて感覚的に感じるものだろうと思いつつ、僕自身この「個性化」の考え方を100%理解できているわけではない。

「もっと詳しく知りたい」これが今年の夏にオックスフォード大学のサマースクールで心理学コースを選んだ理由に他ならない。

僕が講師にぶつけたかった1つの問いがある。

“今の自分と未来の自分が繋がっていると仮定して、直感に従って決断をするための具体的な問いは何か?”

授業の合間に講師を捕まえてこの問いを投げかけた。

“3年後や5年後の未来の自分が、目の前の決断に対してどのように感じるのか?をイメージしなさい。これが直感力を鍛える問いになります。”

彼女はこのように答えた。


大学受験ぶりに事前予習と授業の期間はかなり勉強した。
講義前の朝早く講師に質問に行ったら「Michi流石に早すぎるわ」と言われた始末。笑


今の僕はこれを実践段階であり、答え合わせができるのは先の話になる。
「あれは未来の自分が導いていたのでは?」と思うには時間の経過が必要で、その時に感じられるものではないだろう。

いつか将来このnoteを見返した時に、"結局よくわからなかった。”もしくは
“ユングの言う通りだった。”のどちらに転ぶか今の僕には到底わからない。


まとめ

今回のnoteではユングの『未来の自分が今の自分を引っ張る=個性化』という考えを中心に、ふわっとした概念の直感や予感をできる限り実体験を交えながら振り返りをした。

僕が怪しく捉え所のない概念についてnoteにまとめたいと思ったのは、この考えが自分の人生のコンパスになると感じているからだ。

世の中の全てが言語化できるわけでなく、その必要もない。
そして他人や社会に悪影響を及ばさない限り、自分が自分の信じたいものを信じて自分の人生が拓けていくのであれば、それは素晴らしい事だろう。

結びとして、ユングの心理学についての考え方を紹介したい。

「Psychology should not rob life of its mystery, but help us to live with it.」
心理学は人生から神秘を奪うものではなく、それと共に生きる助けとなるべきだ。

心理学者 カール・ユング

心理学は科学のように原理を明確に証明できる範疇のものではないだろう。

それでも「こういう考え方もあるんだ」という気づきを人生に与えてくれる素晴らしい相棒だと感じている。


5000文字を超える久々の長編作になってしまったが、自分の経験や当時考えていた事を整理できたのはよかった。

これからも多くの決断に迫られるだろうが、その度にこのnoteを見返していきたいし更新もしていかないとなぁ。

頑張れ、31歳の自分。
深刻になるな、真剣になれ。

新卒の時から尊敬している起業家の先輩から意思決定の思考回数が大事と教えて頂いた日のことをふと思い出した。


※2025年12月4日に追記

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