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ザ・ビートルズ:ノーウェジアン・ウッド The Matchsticks are made from NORWEGIAN WOOD

ジョン・レノン(1965年頃)

 
 途方に暮れた若者の多くが そうするように、選ばれし青年ジョン・レノンもまた 無意識にタバコをくわえながら マッチを擦った。
 ジタン・フィルトル Gitanes Filtre - 彼は くわえタバコの先端に 小さく燃える軸木を 当てながら軽く吸い込むと、その薄い唇の先から ふーと一筋の煙を吹き出しつつ、手にしたマッチ箱を見るともなくぼんやり眺めた。そこには マッチの原材料や薬剤名が印刷されている - 発火剤、赤燐・硫化アンチモン、燃焼剤、第二燐酸アンモニウム、軸木、ポプラ材・・・

 そこへ 紅茶のティーカップを片手に、ポール・マッカートニーが 部屋へと入ってくる。
「ふふん、何か困っているようだね、ジョン? 」
「おっ、ポール、ちょうど良い所に。実は 次のアルバムに使える 新しい曲のアイデアが ひとつ あるんだけど、今 肝心なところで 行き詰まっててさ… また一緒に考えてくれよ 」
「今回のテーマは 何だい? 」
ワンナイト・スタンド
「ええーっ? そんなのEMIの大人たちが顔をしかめて、アルバムには収録させてもらえないぞ、ジョン
「いや、でも未遂に終わるんだよ、男が振られる形でね 」
「タイトルは? 」
「 “Knowing She Would ” (彼女 ヤラセてくれる気だ ) 」
「やば・・・ 」

 レノンは アコースティック・ギターを引き寄せると、新曲「 彼女 ヤラセてくれる気だ 」マッカートニーに歌って聴かせる。

ジョン・レノンと ポール・マッカートニー(1965年頃)

(第一節 )                            
   行きずりに 親しくなった女の子
   でも 拾われたのは 俺のほうだったのかも
   だって その娘(こ )は 自分から部屋に俺を誘ったんだからね
   良くなくない? 彼女 ヤラセてくれる気だ
   (Isn't it good, knowing she would )


(第二節 )
   彼女は 俺に 泊まっていって だと
   ほら 遠慮なく どこにでも座ってよ、と言われ
   俺は ぐるっと部屋を見回したものの 
   座れる椅子ひとつ無いことに気づいたわけ
   (And I noticed there wasn't a chair )

(第三節 )    
   だから俺は ラグマットに腰をおろし
   彼女のワインを飲みつつ チャンスをうかがい
   しゃべっているうち 午前2時
   いよいよ彼女が言った “ベッドに入る時間ね” 
   (And then she said, "It's time for bed" )

(第四節 )
   だって 明日は 朝から仕事なんだもん、だと
   俺は 彼女に 下心を笑われながら
   俺は暇なんだけど と食いさがってみたけれど
   結局は バスタブの中で 独り寝かされ
   (And crawled off to sleep in the bath )

(第五節 )   
   目が覚めたら、俺はひとりぼっち
   小鳥は飛び去った
   (This bird has flown )・・・

Norwegian Woodの元詞だった(と想像する)Knowing She Would
オリジナル歌詞を再現する試み(但し 著作権を考慮し 発起人による和訳のみを掲載)


 そこで 唐突に 歌は終わった。

「・・・え、終わり ? 」
「いや、まだ あと 2行、残ってるんだが -  」
と、レノンは 傍らにギターを置きながら 困った顔で
「その最後に、何か もうひとひねり欲しいんだが、思いつかなくて」。
しかし 明らかに マッカートニーは面白がっていた。
「ワルツか・・・ これは悪くない曲だ。女の部屋には椅子が無い - もしや 彼女は 日本人か 」

ジョン・レノンが初めて小野洋子と出会うのは、もう少し先 - 1966年11月 - のこと。

「さあね、どうだろ ? 」
と、笑ってごまかそうとするレノンに、相棒は 矢つぎばやに尋ねる。
「さては この歌詞は 実体験だな ジョン? 」
「まさか。フィクションに決まってるだろ、僕にはシンシアがいるからな 」
「けれど This bird has flown 小鳥は飛び去った - じゃ ビートルズ・ソングらしい締めくくりとは言えないな。ビゼーの “カルメン” っていうフランス・オペラでも 第一幕で兵隊たちがミカエラっていう村娘を口説こうとする場面があるんだけど、結局 逃げられちゃってさ、彼女の後ろ姿と青いスカートを見送りながら 彼らが歌う歌詞も “小鳥は飛び去った L'oiseau s'envole on s'en console.” っていうんだよね 」
「何だよ ポール、フランス語なんか披露して キザったらしいな。どうせ僕の発想は月並みだよ 」
「 “もうひとひねり欲しい” って、今 ジョンが そう言うから 考えてやったんじゃないか 」
「フランス語 使いたければ、ポール お前、自分の曲で使えよ 」
マッカートニーは 笑いながら言い返した、
「それじゃ 硬いバスタブに寝かされ 怒った男が 腹いせに誰もいなくなった女の部屋に放火して お仕舞い - って、そういう落ちはどうだ、ジョン? 」
「また馬鹿なことを、そんなの全然おもしろくないや 」

ポール・マッカートニー(左)とジョン・レノン

 途方に暮れたレノンは、新しいタバコを一本 口にくわえた。が、それに火をつけようと さきほどのマッチを手にしながら、
「いや、待てよ・・・ 」
と、ふと思いつく。
「部屋まで燃やさなくても、タバコを吸うためマッチを擦る動作くらいなら あり得るんじゃないか? 」
何気なく手の中でマッチ箱を ひっくり返し、ジョンは再びマッチの原材料名のプリントされた面を眺めた。

軸木材 ー ポプラの木材
メイド・イン・ノルウェー・・・
The Matchsticks are made from NORWEGIAN WOOD.

 この時代 1960年代、イギリスで使われていたマッチは ノルウェー諸国をはじめとする北欧からの輸入品が多かった。

 次の瞬間、レノンの脳裏に ひとつの言葉が 静かに閃(ひらめ)いた。
 ノルウェー木材だ Norwegian Wood - ノーウェジアン・ウッド
 それは Knowing She Would - ノーウィング・シー・ウッド と 見事に音韻を踏んでいる、この「落ち」を 最終節ラストの一行に はめ込んだら?

(第五節 )   
   目が覚めたら、俺はひとりぼっち
   小鳥は飛び去った
   それで タバコでも吸おうと 火をつけたら
   良くなくない? マッチ箱には「ノルウェー木材 」
   (Isn't it good, Norwegian wood )

Norwegian Woodの元詞だった(と想像する)Knowing She Would
オリジナル歌詞を再現する試み(但し 著作権を考慮し 発起人による和訳のみ掲載)
の最終節


 第一節で 「 Knowing She Would 彼女 ヤラセてくれる気だ」との期待を抱いた主人公の認識も、実は 何の根拠もない ただのカン違いに過ぎず、そんな「妄想」はあっけなく空振りに終わる。それは あたかも点火したら一瞬で一塵の灰となって失せてしまう「Norwegian Wood ノルウェー木材 」のマッチ棒のごとく - この歌詞ひとつで そんな妙意まで 伝え得ることも出来るじゃないか、とレノンは考えた。

 大いに気に入った 二人のビートルズは 興奮を抑えることなく、たった今 出来上がったばかりの新曲「Knowing She Would 彼女 ヤラセてくれる気だ - 」を大声を張り上げ 繰り返し歌った(言うまでもなく、録音は存在しない )。

共に作詞/作曲する ポール(左)と ジョン

 やがて マッカートニーは 表情を引き締めると言った。
「・・・しかし もったいないな、ジョン。これをボツにするというのは 」
レノンは、憮然とした顔つきになった。
「え? 何を言う、ポール。誰が ボツなんかに。いや、絶対にしないよ 」
「だったら 落ち着いて 考えてみろよ。“彼女 ヤラセてくれる気だ” なんて、そんな卑猥で 危ないタイトルを EMIが レコードのジャケット裏に印刷すると本気で思っていたのかい? ジョージ・マーティンさんの顔もつぶす気かい? 問題がこじれたら また ブライアン・エプスタインを困らせることになるよ? それに お前が 機会さえあれば 平気で不倫を犯すような夫だと 愛妻シンシアさんにも不貞を疑われるよ 」
「一体どうしたらいいんだよ! 」
「うーん、では まずタイトルを変えるんだな 」
「何て? 」
「そうだな、軽く “小鳥は飛び去った This bird has flown” で 僕はいいと思うけど 」
「やだ、なら “ノーウェジアン・ウッド Norwegian Wood ” のほうがいい 」
「好きにしろよ・・・ それから 」
「って、まだあるのかよ 」
「当たり前だろ。最も危険な第一節の “ Knowing She Would 彼女 ヤラセてくれる気だ ” を残したままで・・・。僕の言う意味、わかるよな? とにかく コレを 何とかするんだ 」
「それだけはダメだよ、ポール。だって、まさに ココこそが 肝なんだぜ、“Knowing She Would ” と “ノーウェジアン・ウッド Norwegian Wood ” が対句になって、韻を踏んで終わるべきなのに、これを外しちゃったら 落ちないだろうが 」
マッカートニーは立ち上がると、腕を組むと 心から残念そうな顔をした。
「じゃ やっぱりこの曲、発表は 見送るか? 」
「・・・ 」
「さあ、どうする?」
苦悩して沈黙し、互いの目を見つめ合う ジョンポールの耳に、インドから届いたばかりのシタールで ジョージ・ハリスンが 熱心にスケール練習を繰り返す音が、防音扉を越えて隣りの部屋から 聴こえてきた。
 ためらってはいたものの、さすがに レノン自身も解ってはいたのだ。
「オーライ、オーライ、この歌の運命は 僕が 自分で決めるよ 」
と、彼は宣言した。ゆっくりとマッカートニーは 顔を上げると、眼鏡の奥で語る 親友の目を 黙って見つめた。
ポールが言うとおり、この歌から Knowing She Would というラインは、完全に削除する。その代わり、第一節の 同じ個所には “Norwegian Wood ” を そのまま はめ込んで使う。すると、こうなる 」

(改訂された 現行の 第一節)
                            
   行きずりに 親しくなった女の子   
   でも 拾われたのは 俺のほうだったのかも   
   だって その娘(こ )は 自分から部屋に俺を誘ったんだからね
   良くなくない? ノルウェー木材 
   ( Isn't it good, Norwegian Wood )  

「・・・って、ジョン お前 それ、ヤケになってないか 」
と 今度は マッカートニーが 少し心配になって言った。
「え? 全然 」
「だって、それじゃ 詞の意味が不明だろ。ノルウェー木材のCMソングか 」
「いや これで良いんだ、ポール 」
と、レノンは もう一度 ギターを 静かに置き直した、
「ここは 永遠のエニグマ Enigma に。今 僕は Knowing She Would  を完全に封印する覚悟を決めた。葬った以上は 自分の墓まで持っていく。だから、この歌は新しいアルバムのためのレコーディングを終えたら最後 僕らは二度と歌わない。だからお前も この曲の歌詞と意味について、誰にも決して話さないって 約束してほしいんだ 」
「よし、誓おう。この歌の真相は、決して誰にも言わないよ 」
「ふふん、でもポール? もし 誰かにこの意味を訊かれたら どう答えるつもりだよ 」
と、レノンが その眼鏡の奥から疑いの目を向けているのに気づくと、
「ウェル・・・そうだな、彼女の家を “腹いせに放火”とでも 出まかせ言っておこうかな 」
二人は、互いに目を合わせると爆笑した。よく知られるとおり、彼らは最強の作詞/作曲チームだった。 

「“ノルウェ―の森” だなんて 誤訳する外国人が出てくるかも? 」

「しかし ジョン? 女の部屋の内装が “ノルウェー・ウッド調 ” だったなんて解釈するような人が出てくるかもよ。曲解されるのは 不本意だろう 」
「いいんじゃない? エニグマだもん。ピーター・アッシャーの ログハウスみたいでさ、それもまた おしゃれだ 」
「 “ノルウェー製の家具 ” だったなんて 考える連中が 出てくるかも - 」
「いいんじゃない? エニグマだもん。そいつらの自由だよ 」
「 “ノルウェーの森 ” だなんて 誤訳する外国人が 出てくるかも -  」
「ハハ… それは あり得ないだろ、ポール
と、軽く笑うと レノンは ノルウェー製の輸入マッチを 一本擦って、三本目のくわえタバコに ゆっくりと火を点けた。

                   Fin


ザ・ビートルズ The Beatles 1964年
撮影/アストリッド・キルヒャー Astrid Kirchherr


参考文献:竹部吉晃謎につつまれた “ノルウェーの深い森 ” をさまよってみるMusic Magazine レコード・コレクターズ 2010年11月号 P.70

本稿は、2011年 7月 9日 “スケルツォ倶楽部” に初投稿した文章に 手を加えたものです。

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