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【第5回の補足】ごちゃまぜという地域性

「花薬師まつり」という地区行事が毎年4月に行われています。
僕自身がずっと気になっていたのは、その行事の意味や背景が住民の間であまり共有されていないことでした。
「花まつり」と呼ばれる仏教行事(釈迦の誕生日を祝う法要)と、「薬師堂の法要」という地区独自の行事が、自然と“ごちゃまぜ”になって今に至っている。その成り立ちは、実は決して偶然ではなく、意図的に、かつ自然な流れの中で形成されたのだと思っています。

町のホームページにも記載があるように
薬師堂には、熊野大社に仕えていた旧家から明治末頃に寄進された仏像が祀られています。薬師如来を中心に、左右に日光菩薩と月光菩薩が並び、さらに十二神将がそれを守るという形式。町指定文化財にもなっており、当時の地区の人たちにとっては非常に貴重なものだったはずです。

その仏像を大切に祀るために、法眼寺の境内の一角を借りて薬師堂が建てられ、管理されてきた。その「お堂の法要」を、花まつりの時期に合わせて人が集まりやすいタイミングで実施したのが始まりだったのではないか。もしくは、花まつりの参拝者に薬師堂も開帳しようという流れだったのかもしれません。

つまり、宗教的行事としての「花まつり」と、地区の歴史的・文化的資産としての「薬師堂の法要」が、“意図的に”合わさったのが「花薬師まつり」なのだと考えています。

このように、ごちゃまぜになることで生まれた“独自性”は、地域にとってのアイデンティティとなり得るものです。形式や由来が曖昧になったとしても、「この地区だけの風習」として語り継がれていくことが、ひとつの誇り(シビックプライド)を持つことにつながるのではないでしょうか?

けれど一方で、仏教行事の意味合いも含む「花薬師まつり」について、開催場所がお寺ということもあり、「宗教行事だから」「自分は無宗教だから」「よくわからないから」という理由で、最初から一線を引いてしまい、行事に参加しない人もたくさんいます。
こうした「参加しない」を選択する住民は、花薬師まつりに限らず、あらゆる地区行事でも同じように存在します。
たとえば、スポーツイベントなら「もう動けないから」、お楽しみイベントなら「子どもがいないから」など、さまざまな理由で線が引かれてしまう。

そのたびに、主催側はその線を消そうとする努力をしますが、行事の意味や意義を広げすぎると、今度は輪郭がぼやけてしまい、「この行事、何のためにやってるの?」「やる必要ある?」と思われてしまう。意味を見出せないまま参加する人が減り、それが続くと、行事自体の継続が難しくなる。

シビックプライドの対義語を調べてみると、シニシズムという言葉がありました。あまり聞き慣れてなかったので、文中にうまく組み込めませんが、線引きするというか、距離を置くというか、そういう感じで使うようです。実際、そうした皮肉めいた態度だったり無関心が、地区行事や地区そのものの存在価値をさげ、メリットやデメリットだけで判断して「参加・不参加」「会員・非会員」と振り分けられがち。

でもだからこそ、過去の資料を開いて調べてみたり、地域の年配の方々──僕は勝手に“賢者”と呼んでいる──に逸話やいきさつ、推測や仮説でもいいから話を聞いていくことが大切なのだと思います。たとえ記録がなくても、「記録にはないが受け継がれてきた行事である」という事実そのものに意味がある。

今回、花薬師まつりについて調べたことで、明治の終わりに仏像が寄進されたこと、法眼寺の一角に薬師堂を建てて保管・管理されてきたことがわかりました。その法要と花まつりが組み合わさって今の形になったのだとすれば、「ごちゃまぜ」であること自体が、この地区の柔軟性であり、文化的な特徴だとすら思えます。

そして、行事を「理解できるから参加する」のではなく、「わからなくても続けていくうちに、意味が生まれてくる」──そんな感覚でいられることもまた、地域文化の豊かさではないでしょうか。

ここで浮かんだ問いかけは、次回につながっていきそうです。

そもそも、シビックプライドは“持たなくてはならないもの”なのか?

持とうとしても持てない人がいる。持たないと決める人もいる。持ちたくないのに、持ってしまっている人だっている。

僕自身がそうなのかもしれません。

それは、この地区というよりは、この“地方”という広がりで感じているプライド──「都会より、ここでの暮らしの方が絶対にいい」と思っている気持ち。でも最近、その思いが揺らいでいて、時には「もっと誰もいない島で暮らしたい…」なんて現実逃避したくなる夜もあります。

第6回では、そんな“プライド”と“迷い”の間に揺れる地域との向き合い方について、もう少し深く掘り下げていけたらと思っています。

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