腸内騎士伝 シーズン2:清流の決戦編
第13話:砂漠化した王国
1. 淀んだ目覚め
午前7時15分。枕元で鳴り響くスマートフォンの不快な電子音が、宿主の意識を強引に現実へと引き戻した。
宿主は重い腕を伸ばしてアラームを止めると、そのまましばらく天井を見つめていた。頭の芯がジンジンと痛み、瞼の裏側には熱い砂でも入っているかのような不快感がある。
「……喉が、焼けるみたいだ」
口を開こうとすると、唇の端が乾燥で裂けそうになり、思わず顔をしかめる。舌の表面は白く乾き、唾液は粘り気を帯びて飲み込むことさえ苦痛だった。
昨夜の宿主を振り返れば、その理由は明白だった。仕事のストレスを言い訳に、深夜までアルコールを摂取し、風呂上がりには「面倒だから」と水分も摂らずに眠りについた。アルコールの利尿作用によって、ただでさえ不足していた水分は寝ている間に体外へと絞り出され、今、彼の細胞は悲鳴を上げていた。
しかし、宿主は鏡に映る土色の顔色を見ても、それが「渇き」のサインであるとは気づかない。
「シャキッとしないな。……とりあえず、コーヒーで目を覚ますか」
彼はキッチンへ向かうと、空っぽの胃に、刺激の強いブラックコーヒーを流し込んだ。カフェインという名の劇薬が、さらに体内から水分を奪い去る「終わりの始まり」であることを、彼はまだ知らなかった。
2. ひび割れた大地の悲鳴
その頃、宿主の体内——腸内王国では、かつてない絶望が支配していた。
「……ッ、これは……ひどいな」
黄金の騎士うんちマンは、ひび割れた腸壁の大地に膝をついていた。
かつての王国は、瑞々しいピンク色の粘膜に覆われ、適度な潤いが滑らかな移動を約束していた。しかし、今の光景はどうだ。足元の地面は干上がった田んぼのように無残に割れ、そのエッジはガラス片のように鋭く逆立っている。
「騎士様、しっかりしてください!」
ロールの精(ペーパーちゃん)が駆け寄るが、彼女の様子も痛々しい。軽やかに舞っていたはずの白銀のマントは、極度の乾燥によって水分を失い、古い藁半紙のようにパリパリに固まっている。少しでも強く動けば、その美しい布は粉々に砕けてしまいそうだった。
「ロール……。すまない、私に、もう少し密度(ちから)があれば……」
うんちマンが自らの手を見つめると、そこには目を覆いたくなるような変化が起きていた。水分を失った彼の鎧は、艶やかな黄金色から、どす黒い土色へと変色していた。それだけではない。しなやかさを失った体は、内側から凝縮され、逃げ場を失った老廃物が結晶化し、全身を硬い岩石のように変えていたのだ。
一歩歩くたびに、腸壁と硬い体が擦れ、不快な摩擦音が響く。
「熱い……。王国が、焼けているようだ」
宿主が飲んだコーヒーの熱と、水分不足による炎症が、王国全体を「灼熱の不毛地帯」へと変えていた。
3. ビフィズス長老の警告
王国の高台では、ビフィズス長老が震える手で杖を握りしめていた。
「おお、なんということじゃ……。宿主はまだ気づかぬのか。我らがこれほどまでに渇望しているというのに、届くのはカフェインという名の毒霧ばかり……」
長老は、眼下に広がる惨状を憂いた。水分が不足すると、腸内では善玉菌たちが活動するための「運河」が枯れ果てる。すると、悪玉菌たちが吐き出す腐敗ガスが充満し、空気は酸性に傾き、生命の鼓動が弱まっていくのだ。
「騎士よ、聞くがよい。水分が足りぬということは、この国から『神の潤滑油』が消えるということじゃ。流れが止まった王国に待っているのは、腐敗と、そして死のみ。お前は今、出口へ向かう勇者ではなく、宿主を内側から傷つける『凶器』へと成り下がろうとしているのじゃぞ」
「私が……凶器だと?」
うんちマンは戦慄した。自分の使命は宿主をスッキリさせ、健康を守ること。しかし、今の自分はあまりにも硬く、重い。このまま無理に進めば、柔らかい腸壁をズタズタに切り裂き、宿主に激痛を与えることになる。それが「便秘」という名の、王国からの悲痛な叫びなのだ。
4. 出口を塞ぐ「カチカチ岩」
一行が重い足取りで出口へと続く「直腸通路」に差し掛かったとき、彼らは真の絶望を目にした。
そこには、通路を完全に封鎖するようにそびえ立つ、漆黒の壁があった。
「なんだ、これは……」
「……これが、宿主の怠慢が生んだ『カチカチ岩(糞石)』です」
長老が苦しげに答える。それは、数日間滞留し、水分を限界まで吸い取られ続けた「便の成れの果て」だった。水分含有量は10%を切り、その硬度はコンクリートにも匹敵する。
岩の表面には、宿主が食べた未消化物の残骸がトゲのように突き出し、近づくだけで拒絶のオーラを放っている。この「岩」が栓となり、後続の仲間たちの通行を完全に遮断していた。
「どけ……。そこをどけえええっ!」
うんちマンは、残された全力を振り絞り、スッキリソードを抜いた。
「私が、この壁を砕く! 宿主をこの苦しみから解放するんだ!」
渾身の一撃が、黒い岩に叩きつけられる。
キィィィィィィン!!
火花が飛び散り、鼓膜を突き刺すような金属音が王国に響き渡った。しかし、剣は虚しく弾き飛ばされ、うんちマンの手首には激しいしびれが走る。岩には、かすり傷一つ付いていなかった。
「無駄よ、騎士様! 潤いのない刃では、その頑固な岩を壊すことはできないわ!」
ペーパーちゃんの悲鳴が砂嵐に消える。
王国は、完全に沈黙した。
5. 最後の祈り
現実世界。宿主は仕事の準備をしながら、下腹部に重苦しい痛みを感じていた。
「……またか。最近、本当に出ないな。薬でも飲むしかないのか?」
彼は苛立ち、さらにコーヒーを一口啜った。
その刺激は、王国では激震となって伝わる。
「ぐわああああっ!」
うんちマンの上に、天井から剥がれ落ちた乾いた瓦礫が降り注ぐ。出口は閉ざされ、大地は枯れ、援軍の兆しもない。
「宿主よ……。気づいてくれ。あなたが今、手に取るべきはコーヒーでも薬でもない……」
砂に埋もれながら、黄金の騎士は最期の祈りを捧げた。
「水だ。ただの一杯の、清らかな水だけでいい。それがなければ、私はあなたを助けることができないのだ……」
絶望の砂漠に、死の静寂が訪れる。
騎士の光が消えようとしたその時——宿主の手が、無意識に水道の蛇口へと伸びた。
物語は、一杯の水がもたらす「奇跡」へと加速していく。
