やる方法を考えるほうが建設的である
よく、やれない理由よりやれる方法を考えるほうが建設的であるということを聞くと思います。
あれこれやれない理由を考える
わからないけど、やれる方法を考える
どちらが建設的でしょうか。
わからないけれどもトライしてみる
経営相談などで、
どうしてこのようにしないのですか?理由はありますか?
と問いかけると、やれない理由を語る方が一定の割合でおります。
ご説明はごもっともなのですが、すでにその時点で可能性を閉じてしまっており、もったいないなぁと感じます。
一般的に考えたらやれなそうなことを、文面通りやらないということはすでに既存の枠組みでものを考えるということに執着している状況ではないでしょうか。
もちろん時間制約や稼働制約で確実に無理なこともあろうかと思いますが、すぐに無理と思わずに、一呼吸考えてみてはいかがでしょうか。
少なくとも一晩寝ると考えが整理されて、
あ、やっぱりできるかも?
ということが非常に多いと思います。
私自身も前日に言われたことで、内心
そりゃ無理だよ〜
ということを一瞬考えることはありますが、一晩考えさせてください とすることで解決策をもって、やっぱりやる ということが多くあります。
やった結果、信頼や信用に繋がり次に繋がるということは多くあります。
反射的かつ点で考えるのではなく、一瞬置いてみるというのも一つ手です。
是非、頭ごなしに、はいか いいえでなく、
ちょっと整理してみませんか?意外な結果をもたらしますよ というお話でした。
