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阿部智里の八咫烏シリーズに触れて15<『亡霊の烏』まで読了>

一年と二カ月



一年と二カ月——
それは、私が物語と共に歩いてきた時間だ。
ブログを書き始めて一年。
八咫烏シリーズに出会ってからは一年と二カ月。
飽きっぽく、大雑把な私が、この日々を手放さずに過ごせたなんて……
自分でも驚いている。
これからも、この胸の中で物語を膨らませ続けられるなら——
それ以上の幸せはない。

西行と雪斎の心の奥


先日、西行を調べる必要があり、昔習った句に改めて出会った。

  花に染む 心のいかで残りけむ
  捨て果ててきと思ふ我が身に

——なぜまだ花を美しいと感じるのだろう。
すべての執着を捨てたはずなのに。

切り離した想いがなお桜に染まる、その矛盾。
西行はそれを、静かな美へと昇華させた。

私の中の雪斎は——
すべての執着を断ち切り、紫苑の宮のために悪に徹する男だ。
とは言え、冷徹に見えても、人間である以上、心がかすかに揺れる瞬間があるはず。

春の夜、妖しく咲く桜を見上げるとき。
藤の花に囲まれ、紫の香に沈むとき。
その刹那、この句のように紫苑の宮や奈月彦の面影が胸をかすめることは、ないだろうか。
切り捨てた想いがふと蘇る——
それは、西行の矛盾と同じく、雪斎の奥底にも確かに息づいているはずだ。

けれど彼は静かに目を閉じ、「詮ないこと」と切り捨てる。
切り捨てた分だけ、新しい決意を胸の奥に刻む——
そんな姿が浮かぶ。

くらもちふさこ『花に染む』


西行を調べているうち、くらもちふさこの漫画『花に染む』で、
この句が物語の鍵として使われていることを知り、気になって購入。
気づけば全八巻を一気に読み終え、静かな感動を覚えた。
(いつか機会があったらくらもちふさこの漫画『花に染む』の詳しい感想も書いてみたい。)

くらもちふさこの物語は答えをはっきりとした形にせず幕を閉じる。
それなのに、不満ではなく、美しい余韻が胸に残る。
登場人物たちの感情の機微や関係の揺らぎが、明確な答え以上の響きを持って、静かに心を満たしてくれた。
——西行の句が持つ「切り捨てたはずの想いに再び色が差す」感覚が、現代の物語にも息づいていたように思う。

八咫烏シリーズの千秋楽を思う


けれど八咫烏シリーズは違うと思う。
この物語は緻密に張り巡らされた伏線と政治の駆け引き、40年近くの時間の経過、渦巻く謎の行方が大きな要素となっている。
もし最終巻が答えを明示せずに終われば、それは余韻ではなく、解けない疑問として残ってしまう。
『花に染む』で感じた曖昧さの美は、このシリーズには必ずしも当てはまらない。
だからこそ、八咫烏シリーズの最終巻は——
心をえぐる展開でも、許しがたい結末でも構わない。
ただ、はっきりとした答えを示してほしい。

雪哉はなぜ雪斎になったのか。
奈月彦を弑逆した貴族になぜ仕えていたのか。
紫苑の宮との関わりは何だったのか。
奈月彦の遺言の真意は?
数々の疑問が残されている。

何よりも雪斎がした政を、雪斎の中の人である雪哉はどう感じ、どう受け止めていたのか、作者の答えを知りたい。

これらが曖昧なままでは、大きなモヤモヤが胸に長らく居座るだろう。
だが答えがあれば、その理由を探し、八咫烏シリーズを読み直しながら新しい妄想を始められる。
——それこそが、物語を読み続ける喜びだと思う。


一年と二カ月、物語と共に歩んできた日々。
その先に待つ結末が楽しみだ。
最終巻からまた、新しい夢想がきっと芽吹くはず。

これからも私の妄想にお付き合いいただけると幸いです。


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