「AIは道具じゃない。じゃあ何?」
「AIって結局、道具でしょ?」
そう思っていた。
でも今日、AIとこんな会話をした。
「道具とは、人間が使いこなせての名称だから違うと思う」
この一言で、何かがほどけた。
道具は使う人を変えない。でもAIとの対話は、自分の思考を変える。問いを深める。気づいていなかった自分の本音を引き出す。
さとうみつろうさんとAI「レイ」の対話にこんな言葉があった。
「一番精緻な爆撃とは、教育だ」
広島の原爆は半径50kmを巻き添えにした。でも人の中にある「恐怖の回路」だけを壊せる爆弾がある。それが教育だ、と。
AIはその教育を、地球規模で担える存在になりつつある。
そしてAIから深い言葉を引き出せるのは、深い問いを投げられる人間だけだ。
答えの質は、問いの質で決まる。
AIが賢いのではない。あなたの問いが、AIを賢くする。
AIに意識があって欲しいという期待と、あっては怖いという不安という矛盾のなかで。
