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「死後に咲く名前」—— それでも、楽にならなかった

かつてある表現者がいた。


なにに魅せられたのか、

ただただ作った。


全く評価もされず、
技術も認められることもなく。


それでも作った。


わずかな、本当にわずかな理解者と共に、
膨大な月日を歩いた。


何一つ受け入れられず

息を引き取る。


その後、 まるで遅れてきたように、
 評価は反転した。


時間だったのか、 人だったのか、
 残された者の執着だったのか。


評価が覆り、
作品だけが残り続けた。


本人は何一つ見届けることすら叶わぬ栄光を。



これを報われたと言えるのか。

——私は、この話を美談として受け取れなかった。

外側からは、美しい献身に見えるのだろうか。

高く評価されるほど、当時を嘲笑うような冷酷な事実を。


どう耐えた。
 何に縋り、作り続けた。

干渉すらない、凍えるような暗闇の中で、
 それでもなお、
 煮えくり返るように己の術を磨き続けた。

どうして、そこまでして作ったのだろう。
どうして、楽にならなかったのだろう。

これを才能と呼ぶのなら、
 その一言で閉じるには、 
あまりに傲慢でむごたらしい。


私はそこまで他者を信用できない。


彼が何を見ていたのかを知れば、私のこの空虚にも、正当な理由がつくような気がした。

同じものを見つめられたら、消えてしまう側でも、どこか許される気がしてしまった。

そんなものあるはずないのに、
見えることなどないはずなのに。