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自分の修士論文を読んだら泣けてきた

皆さんこんにちは。
こんな自己陶酔しているタイトルの記事ですいません。
いやいや泣いたの?と心配してくださった方もいるかもしれません。
ちょっと、感極まって、自分の修論読んでいたら泣けてきました。


修士論文の内容


私の修士論文のテーマは、日瑞(日本語、スイスドイツ語)成人バイリンガルの言語態度と彼らの社会アイデンティティについてです。

大前提に修士課程ってだいたいの場合自分の研究テーマを決めて皆さん研究すると思うのですが、修士をとって就活とかに活かしたい場合は、社会市場に合ったテーマを書いてみたりする方もいるかと思います。しかし自分の場合はこのテーマがこのスイス社会においてニッチすぎることも自覚しながら、自分の意志を全うして日本語とスイスドイツ語バイリンガルのアイデンティティと言語態度について自己研究をしました。

スイスの社会では、東欧のバックグラウンドと持つ方々の話すスイスドイツ語に特徴があり、その言語を話すことで社会的スティグマを受けることがあります。しかし、昨今は東欧の方々の話すスイスドイツ語が若者にとってはクールだ、というような印象があるようで、若者は逆に好んで彼らの話し方をマネするという現象が起きています。これはロンドン東部の労働者階級が話すコックニーと呼ばれる方言がスティグマを受ける言語だったのに、昨今若者によってよく使われるようになったという現象と似ていますね。

というように、どの社会にもスティグマを受ける言葉を話す人達がいますが、スイスではその東欧訛りのスイスドイツ語が継承語の社会的テーマとして扱われることが多いので、そういった方面で修論を書こうかと悩んだ時期も正直ありました。なんせ、頑張るのは得意、何か行動するなら元とりたいタイプの人間だったので、割と始めたらあとは終わりに向かうという行為が簡単にできてしまう人間なのです。


でも、今思うと、誰も興味ないかもしれないテーマを深堀して本当に良かったと思う。

これきっと社会市場に合わせて修論書いてたら後悔していただろうな~。継承語の市場なんてスイスは1ミリくらいだし、興味ないことに時間費やして就職できてなかったら発狂もんですよ。



そもそも、なんで急に修論を読んだのかと思う方がいるかもしれません。
実は、今日仕事場にたまたま修論でインタビューをさせてもらった方が来てたんです。あら~久しぶり~!なんて話をしているうちに、修論提出したんですか?え?めちゃ読んでみたい~とか言われて、いや~最終評価5の修論だし、ちょっと人に読ませられるほど推敲してないし、、、とか思って恥ずかしかったんです。

するとインタビューしてた時の記憶がびゅわんと(どんな効果音)蘇ってきて、あれ?そういえば全員に、修論書き終わったらメールで送ってくださいって言われてたなと思って。

うわ~
インタビューさせてもらった方々に全くお詫びできてねぇ

って一瞬で焦ったんですよ。彼らにメールできてなかった理由としては、やはり産後時間無さ過ぎた(修論提出2週間後、口頭試験の3日後に息子が生まれてますから)のと、あとは評価が自分の中で芳しくなくて恥ずかしいなぁという思いが強かったからです。

結構大学院での勉強も自分なりには頑張ったので、修論の評価以外、平均は6が満点の中5.6というスコア。修論執筆中に妊娠したのもあって、ちょっと言い訳にはし難いのですが修論5の評価。そしてスーパーバイザーからも、分析はめちゃ良かったけど、ディスカッションが弱いと指摘されていたのです。修論の最後のほうにもちろんディスカッションするんですけど、正直もうお産始まるんじゃね?という緊迫感と、え~と修論もうこんなもんしか書けねぇすまんな。という妥協が相まってた時期なので、正味仕方ないかなという。ぴえん

分析をしていたときは頭がめちゃ冴えていたので本当に深堀できて書いてて気持ちよかったんですけど、ディスカッションは気持ちがのらなかったので、やっぱ教授ってそういうとこ気付くんやな(当たり前やろ)って感心しました。

という感じで若干そんな修論他人に見せられない~!と思って蓋をしていたんですけど、今日、なんと、蓋を開けられてしまった。


しかもきっと彼女はインタビューの後に私にメール送ってくださいねと言ったのに、送ってくれなかったから、最後バイバイする時に再度、あの連絡くれていたメールに送ってくださいね!と念押しされてしまったんです。

うわ~
これは絶対送らないといけないじゃん

ってなりながら帰宅。

そういえば羞恥心があって自分の修論って書き上げてから真剣に読んでないなと思って、今息子と夫が山に行っていないから、ちょっと読んでみるかと読み始めたら、自分こんなに頑張って書いた作品があるんだと思ってちょっと泣けてきてしまったのです。


5人にインタビューして、6カ月を執筆に費やし、ドイツ語で書いたり英語で書いたり、教授と何回も電話して質問したり。なんか真剣に自分なりにこのテーマに向き合ってたんだなと思って。

ちょっとここ最近やる気低迷してて、暑さもあって、頑張りたいこととかも見えず、だら~としてしまっていたんですけど、過去の自分が頑張ったことを見て、自分を誇らしく思ってしまった。ナルシスト系MBTI主人公です。

今後また、何か打ち込みたいと思えることがでてくるであろうか?
今は子育てもあるし、仕事と自分時間と、時間配分することが多い時期で頭もごちゃごちゃだけど、何かこう、心燃えるものにまた出会えるのであろうか?

ちょっと不安になりながらも、きっと出会えるだろうし、その時の自分はまたきっと自分なりに頑張って、エネルギーをしっかり費やすんだろうなと、なんか過去の自分と未来の自分の中間点に立ってるような気分で、その時は頑張れよ!と思っている。


昔から、私は未来の自分が笑顔でいられるように、今の自分が出来ることは何かを考える人間だった。

今、過去の自分に励まされ生きている。今はちょっと宙ぶらりんな感じだけど、いつかの未来の自分もきっとまた、その先の未来の自分が誇らしく思っているような姿で頑張っているんだろうなと、自分を信じることができている。

35歳になって、ちょっとずつ自分という人間を理解できるようになってきたかな。

もちろんゲイバーとかカラオケで飲みまくって次の日二日酔いで動けないみたいな母親になってるときもあるのでね、常にそんな人間じゃないんですけど。

まぁでもそれが自分なんだよな~

と、自分をぎゅっとしたくなる夜でした。

皆さんも是非頑張った、頑張っている自分をギューッとしてあげてください。


チューッス!


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木下友華 | きのしたゆうか いただいたチップは記事執筆の際のお茶代や、論文など、本購入費にさせてもらいます☺お気遣いありがとうございます。