満員電車の広告が教えてくれた「良い状態の生き方」とは。
いつも通り、8時17分の満員電車。
つり革につかまりながら、結露している車窓の少し上を見上げる。
目に飛びついてきたのは、日能研が出している「シカクいアタマをマルくする。」という広告だった。
東北の田舎で育った私には、中学受験は無縁だった。
都会育ちの友人は、ほとんど中学受験を経験している。
義務教育中は、みんな決められた進路を歩むと思っていたが、東京では「選ぶこと」そのものが、早い段階から始まっているらしい。
「都会育ちも大変だな」と、他人事のように広告の問題を眺める。
中村中学校 2025年国語「よく生きる」を考える。
たとえば美味(おい)しい食事をした時に満足感を覚えたり、ゲームで高い得点を出した時に爽快(そうかい)感を感じたり、スポーツをしている時にワクワクしたり、テストで良い点を取った時には達成感を感じたりしますよね。
そのような感情的に幸せな状態のことを、英語では「ハピネス(happiness)」と表現します。「楽しい」とか「嬉(うれ)しい」といった意味合いで使われる言葉ですが、こうした感情というのは、それほど長く続くものではありません。
それに対して、もう一つ「ウェルビーイング(well-being)」という言葉があります。「ウェル」は良い、「ビーイング」は状態という意味ですから、ウェルビーイングとは「良い状態」という意味で、辞書を引くと「幸福、福利、健康」とあります。身体面と精神面が満たされた広い範囲(はんい)での幸福を示す言葉です。
(以下省略)
この文章に対し、問いがこちら。
あなた自身が考える具体的な「ウェルビーイング」の状態を一つあげなさい。そして、そのためにどのようなことに注意して生きていこうと思いますか。あなたの言葉で書きなさい。
つまり、
「ハピネス」とは、感情的に幸せな状態。
「ウェルビーイング」とは、幸せを実感している状態。
と、いうこと。
テストで100点をとったり、大型案件の受注に成功したときの喜びは「ハピネス」となる。
私は、この広告を見るまで「ハピネス」と「ウェルビーイング」を混在させていた。
成果が出た瞬間の高揚感や、数字が跳ねたときの達成感。それが続いている状態こそが「幸せ」だと、どこかで思い込んでいたのだ。
新卒2年目のころ、同期の中では最速で1000万円以上の案件を受注した。
このとき、上司に褒められたり、会社からも優秀社員として年間表彰大賞に選ばれるなど、人生で一番高揚した一年だった。
しかし、私の中に小さな穴があいていた。
結果は出ている。
評価もされている。
それなのに、家に帰ると、どっと疲れが押し寄せた。休日も頭のどこかで数字のことを考えていて、心が休まらない。
「次はもっと大きな案件を」
「この評価を落としたくない」
喜びは、いつの間にか不安とセットになっていた。
私は、成績や評価、数字を達成することが「幸せ」だと思っていた。しかし、それは「ハピネス」が連続して起きている状態を維持したいだけだった。
この一年後、急に案件がとれなくなった。
今となっては、良いことが続いたあとには、このような「何をやっても上手く行かない時期」は、つき物だと思える。
ただ、経験がまだ浅い私にとって、「ハピネス」が途切れることは不安にしか考えられなかった。
では、ウェルビーイングとは何だろうか。
今の私が思うのは、「結果が出ていない時間も含めて、自分を保てている状態」だ。
生活リズムが崩れることなく、妻と仲良くご飯を食べ、上司とも未来に向けて話し合える状態。
新規開拓事業を担っているが、結果がすぐには出ないのが当たり前の事業だ。
もし、数字に一喜一憂する「ハピネス」だけを追い続けていたら、私の心は、きっと先に折れてしまう。
あの頃の私は、成果が出なくなった途端、自分の価値まで下がったように感じていた。ハピネスを失うことは、幸せそのものを失うことだと思っていたからだ。
でも今振り返ると、足りなかったのは成果ではない。
「良い状態」に戻る視点だった。
では、「そのために何をするか」と問われたら、
私の答えは「自分の気持ちを伝えること」になる。
人は、一人では生きられない。
誰かとの関係性の中でこそ、幸せは持続する。
だからこそ、「良い状態」は、
人と人との支え合いによって成り立つのだと思う。
中学入試の問題を眺めつつ、自分の人生を振り返る良い時間になった。
これからも、自分の「幸せ」と向き合い続けていきたい。
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