退職代行で後輩がやめた日
後ろの席にいた後輩社員が、退職代行を使って辞めた。
退職代行モームリだった。
部長が慌てて課長を自席に呼び、必要な書類と返却してもらうものを整理するよう依頼していた。頭を抱えながら各方面に指示を出す部長。退職代行を使われた側の姿を初めて見た。
まるで、何か盗難にあったような慌てようだった。
私の周りにいる50代のおじさんたちは、退職代行を使って辞めた社員のことが理解できないと愚痴をこぼしていた。「辞めるのは構わないが、義理を持つのが社会人ではないのか」と、世代なりの常識を振りまいていた。
「いやー今はそういう時代じゃないんですよ」
40代の社員が、若者を擁護するように振舞い言った。おじさんたちは眉間にシワを寄せて、渋い顔で「難しい時代ですなぁ」とつぶやき、納得してなさそうだった。
理解できない若者の気持ちを、こじつけのように納得させるとき、すぐに時代や世代で括ろうとするのが大人だ。大人になると、他の世代を括りだして、自分たちとは違う生き物かのように表現する。
私は、ゆとり世代だ。
文科省が決めた教育方針のせいで、甘やかされて育ってきた世代と見なされる。台形の面積はよくわからないし、円周率はギリギリ3.14の時代だった。習う内容に差があるだけで、忍耐がないと言われる。
たしかに、40代以上が生きてきた時代に比べれば、割と優しく育てられてきた世代だと思う。昔の会社は怒号や灰皿が飛び交っていたという、漫画の世界でみたような世界の話を聞くとゾッとする。
だからといって、退職代行と世代は別の話だ。
これまで会社を辞めるときに自分自身で手続きをしなければいけなかったことに、代行という新たなサービスが生まれただけ。つまり、選択肢が増えたに過ぎない。
使うかは本人の自由だし、それを他人がとやかく言う話ではない。身勝手という気持ちもわからなくないが、その人が辞めても問題ないようにチームで状況把握しておくこともリスクマネジメントとしてあるべき姿だ。
社員が事故死して大きな損害が生まれるような状況であれば、リスクやリカバリーについて何も対処していないことになる。
退職者は、「自分の声は届かず、不当な圧力をかけてきそう」と、強い妄想を作り上げる。
会社(法人)という目には見えない怪物に対抗し、自分を傷つけてまで身を捧げるよりも、代行を使った方がコスパが良いという発想になる。
文章で書くと「たったそれだけ」という内容になるが、実際は枕を濡らすぐらいの涙と葛藤で、自分自身のコントロールも効かないくらいやばい状況でも戦いを恐れて辞められない人がゴロゴロいる。
私もブラック企業に勤めていたころは、ゴロゴロいる人の1人だった。辞めると言ったら監禁されるか訴えられると思った。その葛藤に闘いながら自分は上司に辞めることを伝えた。
退職代行反対派の人たちは、とても素晴らしい環境の企業で働いていると思う。または、義理と人情で生きてきた人たちで、人間だったら~みたいなカッコよさを兼ね備えているのだろう。
しかし、世の中は私も含め割と弱い人間の方が多い。そして、そうした人たちの“優しさ”や“真面目さ”に漬け込むような構造が、今もなお、多くの職場に残っている。
辞めたいと思っても、「迷惑をかけるかも」「申し訳ない」「情けない」――そういった感情が、足に重りのように絡みつく。
退職代行は、そんな重りを断ち切るための“最後のハサミ”なのかもしれない。
ただ、退職代行は最終手段だ。出来ることなら言葉で伝えたほうが、その会社で得たことを次のことに生かせる機会もつくりやすくなる。
「ちょっと言いづらいから、代行つーかお!」で使うのは、ただ損するだけで終わってしまうから要注意。
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