70点でがんばる方が、完璧よりも優秀ということ
「なぜ、報告しなかった」
社内に重い空気がただよう。隣の部署から、課長が入社3年目の若手に注意している声が聞こえる。
客先で開催されるセミナーに持っていくプレゼン資料が、修正点だらけなことに課長は怒っていた。これが、一週間前であればまだ時間があった。しかし、若手が課長にはじめて見せたのは、セミナーの2日前だった。
当然、課長は若手に怒るが、若手社員は言いかえす言葉もなく立ちすくむ。
課長も何度か「資料、大丈夫か」と声はかけていた。しかし、若手社員は「順調です」とだけ返事をしていた。その返事を信じて任せていたものの、散々なありさまだったということだ。
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「完璧を目指そう」
そのように意気込む社会人は多い。
私も、社会人になりたてのころは「完璧」にこだわっていた。完璧にして、上司を圧倒させたいと思っていたからだ。
幼いころから、「褒められること」を求めていた。
テストで100点をとったら褒められる。
友だちに親切なことをしたら褒められる。
皿洗いをしたら褒められる。
褒められることを楽しみにして、いつも期待していた。
一方、怒られることから避けていた。
テストの点数が悪い日は、親からとにかく怒られた。
「もっと勉強しないと、優秀な学校に進学できないよ」
親の期待を裏切った、自分への不甲斐なさを感じる瞬間が嫌だった。だから、私は期待を裏切らないように完璧を求めていた。
大学生のときは、常にレポートの提出がギリギリだった。構成を考え、エビデンスを集めるところまでは一緒だが、そのエビデンスに抜かりがないかを徹底的に調べた。
さらに、文章の見栄えやレポートとしてのかっこよさまで拘り、結果的にギリギリの提出になっていたのだ。
ただ、自分では完璧と思っても、プロや経験者の視点から見れば抜けだらけだったりする。アマチュアダンサーが鏡を見ながら「俺のダンスは完璧だ」と言っているのと変わらない。
誰にも相談せず、自分だけで進めることが危険なのは何となく理解している。
しかし、「完璧にしてから見せたい」という思考は、「評価への恐れ」が生み出す防衛反応でもある。
評価から逃げるのも、親の期待に答えられなかったときのように、自分の実力を過小評価される恐れというプライドからくるものだ。
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先日、面白いポストを見かけた。
「自分で考えろvs早く相談しろ」の境目を攻略する方法が
— もとやま『仕事ができる人がキリの悪い時間にやっていること』 (@ysk_motoyama) November 8, 2025
①「相談しても大丈夫な70点の成果物」のレベル感を知っておく
資料の中身のレベルは、次の3つの条件を満たせるとよい。
・「Why=何のためにやるのか/目的は何か?」という問いに答えられる状態… pic.twitter.com/N29NUAP8x5
「自分で考えろvs早く相談しろ」の境目を攻略する方法が
①「相談しても大丈夫な70点の成果物」のレベル感を知っておく 資料の中身のレベルは、次の3つの条件を満たせるとよい。
・「Why=何のためにやるのか/目的は何か?」という問いに答えられる。
・「What=目的達成のために何をやればよいのか?」に対して、「選択肢はAとBとC。で、こういう理由でBがいいと思います」と答えられる。
・「How=で、どうやってやるの?」に対して、今後の具体的なやることを箇条書きで示せる。
そして見た目のレベルは、美しいチャートとかはいらないけど「読めばわかるよね」と言える状態。
②「次はどのタイミングで相談するとよいか」を握っておく 1回目の相談では期待値に届いたけど、時間がたつにつれて上司の期待値は右肩上がりになっていく、そのため、次の相談で「ん、どうなってんの?」と期待値を下回る反応をされることがある。
そこで、「次はどのタイミングでご相談すればよいでしょうか?ご指摘いただいた○○○とXXXの点を修正したタイミングで、また見てもらってもいいでしょうか?」と、次の相談タイミングも握っておけるとよい。
③10分手が止まったら、怒られてもいいから相談する とはいえ、どうしても自力で70点レベルを超えられないときや、1回目の相談時に受けた指摘を修正できないときがある。 そういうときは、怒られる覚悟で「10分手が止まったら、人に相談する」をルールにするとよい。 確かに相談される側は時間を取られるわけだが、部下が手を止めてフリーズしている時間が長くなるほうがよっぽど迷惑なので、相談に乗ってくれるはず。
この投稿で示されたグラフは、「もう少し考えてみて」と「早く言って」を表している。冒頭の後輩は「早く言って」のゾーン(バージョン3)に当てはまる。
課長が怒ったのは、資料の完成度の低さではなく、「途中経過を共有しなかったこと」だった。
部下に求めているのは、完璧な成果物ではなく、「進捗の見える安心感」だ。
もし彼が、3日前の時点で7割の出来でも課長に見せていれば、修正の方向性はすぐに示せたはずだ。上司の目線が入ることで、軌道修正が早まり、結果的に完成度は上がる。
報告が遅れれば遅れるほど、上司の「任せた不安」は膨らみ、信頼は削れていく。
社会人になってわかったのは、「報告」とは「信頼の共有」だということだ。完璧にしてから出すよりも、未完成の段階で相談するほうが、チームとしての完成度は高まる。
上司からの指摘も、早ければ修正に使える「助言」になるが、遅れれば「叱責」に変わる。
私自身、若手の頃は怒られることを避ける、防衛意識で動いていた。結果、もっと大きな怒られ方をしたこともある。
「まだ考え中です」「もう少し詰めてから報告します」
その一言で、どれだけの信頼を失っているかに気づくのは、だいたい失敗してからだ。
だからこそ、今は意識的に「途中報告」を入れるようにしている。完璧でなくていい。むしろ、7割の段階で見せたほうが、他者の視点が加わって完成度は上がる。
仕事で求められているのは、「完璧な答え」ではなく、「修正できる余白」だ。
完璧を目指すほど、余白はなくなり、成長の機会も失われていく。
完璧にしてから報告するのではなく、報告を重ねながら完璧に近づける。
社会人の成長は、この順番を理解した瞬間から、加速するのだ。
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