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始業ギリギリ出社禁止の空気

たまに朝早く出社する。

細かい雑務が溜まっている状態が嫌で、客からの問い合わせが少ない朝の時間に片付けたいからだ。

社会人1年目の頃、先輩から「新人の頃は、30分早く出社して今日1日の目標を立て、わからないことをメモしておく。そして、始業と同時に全力で仕事に当たられるように準備すること」と教わった。

なので、電車の遅延で始業3分前に出社すると「やる気がないのか」と怒られたこともあった。


前職では、始業前に朝礼を行っていた。

就業規則には、勤務時間が9時からと書いていた。実際は8時50分から朝礼を開始していたので、就業規則と異なっていた。

それを指摘したチームメンバーが上司に呼ばれて一喝されていた。

「始業は確かに9時だ。だが、9時にはお客様から問い合わせがくる。その前にチームの認識を合わせるために、10分前に朝礼をしているんだ」

メンバーは不服そうな顔をしていた。

「それと、朝礼がその時間なわけだから、逆算して始業の30分前には会社に来るべきだ。そうじゃないと1日のスタートダッシュが切れないだろ!」

メンバーが一喝されている様子に聞き耳を立てていた私は、社会人1年目に言われた先輩の言葉を思い出した。

「始業と同時に全力で仕事に当たられるように準備すること」

先輩の教えだが、この『始業時間ギリギリ出社禁止』について、未だに納得していない。大概の理由を聞くと「心に余裕を持つべきだから」と、論理が破綻しているから。

当然、遅刻はよくない。それは約束(ルール)だから。ルールを破ることで、信頼問題に関わってくる。友だちと待ち合わせしていて、無断で遅刻してきたら不快に思うのと一緒。

始業時間ギリギリ出社は約束を破っていない。それなのに、「仕事ができない人間」「心に余裕がない」「社会人としてダメ」とレッテルを貼られる。

「ギリギリに来る人はだめ」という価値観を支えているのは、大抵“論理”ではない。「そういうもんだから」という空気と、「心構え」とか「余裕」という曖昧な言葉だ。

正解かのように押し付けてくるのは、空気を変えてほしくないからだ。


SNSでモーニングルーティンの動画がよくバズっている。朝を制した人が放つ空気に憧れを抱くからだ。その空気が、香水のように”できる人”感を身に着けさせている。

だから、朝を制した人は仕事もできるという錯覚が生じる。その人が仕事で生み出した売上や利益を知る人は少ないのに。

その空気が乱されると、自分が抱いている憧れや指針となる姿が乱されるので、空気を読ませようとする。

しかし、その空気=できる人とは決してならない。

現に、私の職場には出社ギリギリだが、常に目標を達成して営業として活躍している上司がいる。一方で、30分前に会社にいても、資料作成が遅く仕事の評判が悪い人もいる。

出社に余裕があっても、ギリギリでも結果に比例はしない。空気に踊らされる必要は決してない。

ただ、ここまでの話は、あくまで結果があっての話。

楽な道を取れということではなく、自分と向き合って判断するのが社会人ということを言いたい。

空気に流されず、それでも責任を取る覚悟がある。
そんな姿勢こそが、真の“社会人らしさ”だろう。

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