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noteのフォローは、心の穴埋めだった

考えながらフォローボタンを押す。

以前だったら機械的に押していた。まずは、質よりも量だと思っていたからだ。しかし、それは誰かと繋がっていたい心の穴埋めに過ぎなかったのだ。

そして、選択のストレスを自然と作っていた。

選択のストレスから解放されることは、
新しい選択に対して、心の余裕を生むことになる。

4年前、

私のLINEの未読通知は、常に30件以上を超えていた。

結婚式の2次会グループ、会社の登山サークルのグループ、飲み会の誘い、友人との雑談、居酒屋の広告・・。

忙しさにかまけて、既読すら放置していた漬けが目の前にたまっていた。

L削除と返信を悩んでいると「おすすめの候補者が5名います」と、マッチングアプリからの通知がくる。最初の頃は、通知が来るたびに喜んでアプリを開いた。しかし、慣れてくると、立て続けに来る通知に溜息をついていた。

「めんどくさい」

私は「めんどくさい選択」に追われ、選択の渋滞に巻き込まれていた。返信するたびに、トンネルの向こうから明かりが見えてくるような気分だったが、その余裕を与えないかのように、選択が覆いかぶさってくる。

選択が増えたきっかけは、楽に繋がることができるからだ。SNSを使えば、地球の裏にいる人ともメッセージのやり取りができる。私もタイのダンサーとFacebookでつながっている。経緯は覚えていない。

大学時代、友達やつながりは多いほど勝ちだと思っていた。どこかの経営者が「そのつながりは、いつか価値になる」と本で謳っていたからだ。

強ち間違ってはいない。知らないマーケットにビジネスを展開するときに、その市場を理解する人間が身近にいれば情報を聞ける。転職活動のときは、業界研究で友人の助言は大変助かった。

また、人生で大きな選択を迫られるとき、自分には沢山のつながりがあるというのは安心感と武器に感じられる。誰かが一緒だから大丈夫だと、私を錯覚させた。

しかし、つながりが増えるほど「満足感」が薄くなっていた。常に来ていた連絡や通知がパタンと止まる日は、特に満足感に飢えていた。

何もない休日に、鳥のさえずりだけが響きわたる1Kのアパート。ベランダの外から聞こえる子供の声と、母親がひく自転車の音。静けさと共に、私の存在が消えそうになっていた。

その存在を、つながりは保ってくれる。

孤独を埋めるために、つながりを増やす。別にいかなくてもいいサークルイベントに顔を出し、とりあえず彼女が欲しくてマッチングアプリを始める。

土曜日の深夜には、知らないYoutuberのゲーム配信動画を眺めて、孤独感の穴埋めをしようとしていた。

けれど、埋めても埋めても、その穴はなかなか埋まらなかった。

つながりは、孤独を「ごまかす」ことはできても、「癒す」ことはできないのだと、少しずつ気づいていった。

私はある日、意識的に“つながりの整理”を始めた。

無理する人との付き合いは辞め、SNSのフォローを減らして眺める頻度も減らし、新しい趣味を転々としないようにした。このころから、「断る」ことも覚えた。

すると、今まで渋滞の中にいたようなストレスが一変して、会話の質を高めつつ相手を知る余裕が生まれた。誰かに縋るような気持ちだったのが、相手を知りたいと思えるようになったのだ。

そして、マッチングアプリを経て彼女ができた。本当のつながりを手にいれたような気持ちだった。それ以上に嬉しかったことは、孤独感がなくなったことだ。

休みの日、一人で1Kの部屋にいても孤独はなかった。今までより繋がりを減らしたのに、以前より心には安心感があった。

以前の私は、誰かと繋がっていることで、ようやく自分がここにいると確認していた。でも今は、自分という輪郭がある上で、誰かと繋がれている。その違いは、私の心に想像以上の安心をもたらしていた。

選択を減らすことは、私の心のスペースを認知するうえで大事だった。そのスペースに余裕が生まれたことが、孤独を上回る安心につながったのだと思う。

人は、欲に溺れそうになるまで何かを欲する生き物だ。しかし、その欲しているものの正体はわからない。だから選択に迷いながら、欲を求めて彷徨い、心に貧しさを抱く。

選択を増やし続けるのではなく、自主的に選択を減らすことが、ストレスを減らす鍵なのかもしれない。




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