今こそ読みたい『アストロ球団』~昭和の文化遺産を未来に継承する理由
昨日の高校野球、県立岐阜商業 vs 横浜高校 の試合、
最高でした。
これぞ、死闘!
「壮絶」とは、こういう試合のことを言うんですね。
最後は延長、追いついてからの逆転サヨナラ!
しかも、失点につながる送球ミスをしてしまった選手の一振りで。
ほぼ全員地元選手の公立高校が、春のセンバツ王者に勝利する。
――これぞ、シナリオのないドラマ!!
試合後の藤井監督の名言、
「100回やったら99回は負けると思います。
残りの1回が甲子園で出ました。」
まで含めて、まさに、高校野球史に残る名勝負でした!
両チームの選手、関係者の皆様、
感動をありがとうございました!!
さて、試合中からSNSを中心に盛り上がっていたのは、
同点一打サヨナラの場面で、
スクイズを阻止するための「内野5人シフト」。
そして、「外野が2人しかいない」ということでした。
ん?
外野が2人しかいない?
――それ、知ってます!
昭和の野球は、外野2人で守ってました。
いや、ある「伝説のマンガ」の話ですが。
アストロ球団という伝説
『アストロ球団』(原作:遠崎史朗、作画:中島徳博)は、
今でも(ネタ的に)話題に上る、伝説の野球マンガです。
1972年から4年間、『週刊少年ジャンプ』で連載されました。
沢村栄治の遺志を受け継いだ1954年(昭和29年)9月9日生まれの九人の超人たちが、「打倒読売巨人軍」、「打倒アメリカ大リーグ」の目標を掲げ、一試合完全燃焼を信条に世界最強の野球チームの結成を目指して戦う物語である。『南総里見八犬伝』を下敷きにしており、結集するアストロ超人たちには八犬士の牡丹のアザと同じようにボール形のアザがある。
このマンガに、いかなるときも、
外野を2人で守る「超人」が出てきます。
たった2人で、広い外野をどうやって守るのか。
それは。
たとえホームラン級の打球が飛んできたとしても――

体が大きい選手が、小さい選手を放り投げて、
どんな打球も、空中でキャッチしてしまうのです!
――ははーん、昨日の横浜高校も、
大きい当たりが出たら、こうやって捕球するつもりだったのですね!
(違う)
さて、『アストロ球団』。
実は、私も、ドンピシャ世代ではありません。
私は『北斗の拳』『キャプテン翼』『キン肉マン』『DRAGON BALL』などがズラリと並ぶ「少年ジャンプ」黄金期の世代。
生粋の昭和キッズだった私から見ても、
『アストロ球団』は、ちょっと古いマンガでした。
でも、私には年の離れた兄がいたので、『アストロ球団』は家にあり、
普通に、何度も読み返していたんですね。
ただ、なぜか最終巻だけがなく、
私は、「9人目のアストロ超人」が誰だったのか、
知らないまま大人になったのですが(笑)。
その後、1999年に出た「復刻版」を入手し、
ようやく『アストロ球団』という物語をすべて読み終えたのでした。
そして、いかに無茶苦茶・荒唐無稽・支離滅裂なマンガであったか、
改めて思い知ったのです。(褒めてますよ!)
そんな『アストロ球団』の話をしようと思っても、
今は、一般書店では入手できません。
ネットで検索しても、出てくるのは、
「人間ナイアガラ」などのネタ画像ばかり。

これ、何をしているシーンかというと、
今まさに、ボールを打って一塁に走っている選手を、
相手チームの選手たちが「頭上から」襲いかかっているシーンです。
……何をいってるのかわかりませんよね?
私もわかりません(笑)。
背景の「ナイアガラの滝」はマンガ的エフェクト。
でも、選手たちは、実際に空から降りてきています。
それだけではありません。
この先、相手の一塁手は、本気でランナーを殺そうと待ち構えています。
いや、それ、走塁妨害ちゃうん?
とか、そんな生ぬるい話ではありません。
試合中に、人が何人も死ぬマンガなのです。
昭和時代は、そんな野球が、普通に行われていました。
(ごく一部のマンガの話です)
しかしですね。
確かに「人間ナイアガラ」はすごい。
すごく、ひどい(笑)。
でも、こんなシーンばかりが有名なのは大問題です。
いや、私は別に、こんな「ふざけたシーン」が有名になるのがダメだと言っているわけではありません。
逆です。
「人間ナイアガラ」なんて、ほんの一部。
もっともっと、想像を絶するヤバいシーンがゴロゴロあるんです。
自分の目が信じられず、
開いた口はふさがらず、
奥歯と奥歯はかみあわない。
そんなシーンが山ほど。
さぁ、あなたもぜひ読んでみてください!
野球観、いや、人生観が変わりますよ!!
と激推ししたいところなのですが――
古い作品は「需要がない」?
この作品、いまや正規の方法ではなかなか読めません。
電子書籍なら「eBookJapan」がありますが、
紙媒体を求めるなら中古市場で探すしかない。
これが現状です。
出版社の言い分は想像がつきます。
「古い作品には需要がない」
「復刻しても、売れない」
でも、果たして本当にそうでしょうか。
YouTubeでは80年代、90年代のJ-POPが日々再生され、
若い世代にまで歌い継がれています。
それが著作権、肖像権的に、良いか悪いかは別にして。
「歌ってみた」文化や海外リスナーの増加で、
かつてのアーティストたちに再び光が当たっている。
新しいファンが生まれ、新しいフォロワーが生まれ、
回り回って収益が生み出され、「直系」の継承作品が生み出される。
これは、古い作品にこそ「新しいビジネス」が生まれる証拠ではないでしょうか。
同じことはゲームにも言えます。
任天堂が定額サービスでファミコンなどの名作を配信したのは、
まさに「古さ」を資産に変えた一手。
「古いゲームに時間を取られたら新作が売れない」
などという発想に縛られていたら、この発明はなかったはずです。
むしろ古典の魅力が、新作への信頼とブランド力を支えている――
文化の継承が止まる危うさ
『アストロ球団』を面白がった人から、
きっと新しい表現者が育つはずです。
たとえば、超人野球の荒唐無稽さに爆笑した少年が、
大人になって「少林ベースボール」的な映画を撮る。
必殺技の大真面目なバカバカしさに胸を打たれた読者が、
新しい「スポーツ×能力バトル」マンガを描く。
文化は、そうやって継承されるものです。
けれど、その源流が封印されてしまったら?
『アストロ球団』を知らないまま、
次世代が育ってしまったら?
それは、伝統芸能の型が失われるのと同じ。
可能性の芽を摘んでしまうことになりかねません。
思い出してください。
落語や歌舞伎、能や狂言といった芸能は、
古典の型を守り続けてきたからこそ、
現代のクリエイターにも刺激を与え続けています。
シェイクスピアやドストエフスキーの作品が絶版になっていたら、
後世の映画や文学はどうなっていたでしょう。
過去の文化資産は、
未来の才能に火をつける「マッチ箱」のようなものです。
『アストロ球団』を眠らせておくことは、
単に、「昭和世代が懐かしがれず残念」という問題ではなく、
未来の文化を失うリスクにつながります。
「継承が止まる=未来が消える」という危機感を持つべきなのです。
アストロ球団を世界へ、未来へ
もちろん、新作は大事です。
けれど、新作と古典は対立しません。
むしろ互いに補い合う関係です。
私の願いはシンプルです。
――『アストロ球団』を、正規の方法で、誰もが読めるようにしてほしい。
その荒唐無稽さを笑い、熱さにしびれ、
ツッコミどころ満載の名場面に胸を躍らせる。
そんな読書体験を、未来の世代にも手渡したいのです。
私も、1999年の「復刻版」を読んだからこそ、
今、こうして、過去の作品を熱く語ることができています。
古い作品を眠らせておくのは、あまりにももったいない。
いや、犯罪レベルでもったいなさすぎる!
紙媒体、電子書籍、漫画アプリ……
あらゆるプラットフォームで読ませてください。
そして、未来の少年少女にあの衝撃を伝えてください。
それが無理なら、教科書に載せてください!
(これが一番「無理」なやつ)
「野球ってこんな競技だったの!?」
と勘違いして育つ子どもがいたっていいじゃないですか。
そこから新しい名作が生まれるかもしれないんだから。
文化の遺産は「倉庫」じゃなく、みんなの目の前に置くべきです。
だから、私は、声を大にして言いたい。
「『アストロ球団』を全世界で読めるようにしてください!!!」
私のささやかな願いです。
――『アストロ球団』読んで育ったら、
こんな大仰な物言いする大人になるのね……
みたいな、心無い中傷はお控えください(笑)。
週刊少年ジャンプ3代目編集長の西村繁男によると、アンケートをもとに編集者と漫画家が共同でストーリーを作っていく「週刊ジャンプの漫画作りの原点」であり、以後、ジャンプ誌上で人気を誇ったいわゆる「バトル漫画」の先駆け的作品であるとしている。
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