見出し画像

若炎宿/短編小説(エッセイ)

〈若炎宿〉

──────────

時は昭和半ばといったところだろうか。
ある日、私は親戚の営む昔ながらの宿の部屋にいた。大きなお屋敷だから、宿も営んでいたという感じに見えた。実家は別なのに、今はそこで過ごしているのだろうと疑いもせずにいたのである。
宿には、何人かの客や、使用人のような人もいたと思う。そして、賑やかであった。
少しすると、眠気が襲ってきて、私は眠ってしまったのである。昼寝はいつものことだったし、この時の私は、目覚めたら夕方辺りだろうと思っていたのだろう。どんな夢を見たのかは全然覚えていない。

「火事だ!」
「逃げろ!」
どのくらい寝ていたのだろう。人々の叫び声で私は目を覚ました。そして、2階にいたはずの私は、気付いたら伯父に手を引かれ階段を降りていたのである。自ら命を絶ち亡くなり、一度も会ったことのない伯父に。
本当に、伯父のことは写真でしか見たことがなかったのだ。でも、燃える宿の中、私は外へ逃げることを優先していた気がする。ちなみに、ここで言うところの伯父は私の父の兄である。

外に出ると、宿は火を増し、ただただ燃え続けていた。それなのに、私は、ただ呆然とその光景を見ているだけでなく、悲しさを感じていなかったのである。
どうして悲しくないのだろう。逃げる人たちで溢れ返り、もう、あの宿は全焼してしまうだろうに。
でも、一つ言えるとするならば、熱くなかったのだ。あれだけ火の中にいたにも関わらず。
どうして不思議に思ったかと言うと、私は小さい頃、隣市で家が燃えているのを見たことがあるからだ。その時は、少し近付けば熱くて、とてもじゃないけれど、燃える家の中には入ることなんて出来なかったと思う。
だから、宿から逃げる時、熱さを感じなかったことは、今でも考えるものがある。

外では、隣に伯父がいた。
伯父が、どのような顔をしていたのかまでは覚えていないし、分からない。逃げる時、伯父が私に何て言っていたかも、今では朧気だ。ただ、『早く、ここから逃げなくては』という文言は聞いた気がする。『お、伯父さん?』私は、言葉に出していただろうか。
ただ、逃げる時も、外で燃える宿を見る時も、伯父の姿が薄くなることはなかった。だから、私は、少なくとも今だけは伯父が生きていることにしたい。そういう気持ちは確かに持っていた。
伯父は生きている。これは現実だ。そう心に言い聞かせることしかできなかったが。

宿は、どうなったかは分からない。燃えている宿を見ているところで、場面ば途切れていたからだ。
夢だったのである。全部夢だったのだ。

「ああ、夢か」
現実に引き戻された私は、『またか』と言わんばかりに、呟いていただろう。ただの、非現実的な夢。その時は、そう思い込んでいただけであった。似たような夢はよく見ていたからである。

しかし、夢を見た3ヶ月後だろうか。私は、ストーブの灯油を入れていたのだが、誤って零してしまったのである。
その時、私と一緒に零れた灯油を拭きながら、祖母は言った。
「昔、あしたのお父さん(私の父)もね、同じことして、家燃えちゃったの。それもお祖父さん(私の祖父)の会議中にね」
まさかとは思うが、私は父が昔経験したことを夢で見たのだろうか。確かに、その頃は、本家を住まいとせず、父は隣市に住んでいた。祖母も働いていたため、使用人も雇っていたのである。大きなお屋敷だったとか。
おじいちゃんは、その時、議員をしていたのである。ここから、引っ越したのは、それが理由だ。聞くところによると、『あした君の家、燃えてるよ』と近所からの連絡が入り、おじいちゃんは、慌てて会議を抜け出し帰ったらしい。
それ以上のことは聞いていないが、奇妙だとは感じていたと思う。

心理学における夢分析は、あくまで自分に起きたことを分析してゆくのだが、あの夢を見てからは、自分に起きたことに限らないと思うようになっていた。だってあれは、私の経験ではなく、父の経験なのだから。そして、そのことを聞かされたのは、夢を見たあと。また、私は、会ったこともない伯父に会っている。夢の中ではあるが。全体的に考えて、自分ではない、家族や親戚が体験したことも夢で見るという、科学では証明できないことは、多く存在していると思っている自分は確かにいた。
実際、どうか正確には分からないのだが、少なくとも私は、あの時、はじめて父の若き日を知ったと言えるであろう。

私が生まれる前の、父の体験の夢。これは、何年経っても忘れられないものがある。同時に私は思っていた。

夢で見たような大きなお屋敷に私も住んでみたい。


-おわり-


──────────

〈あとがき〉


夢で見たことを小説っぽく書くのは久しぶりです。

父が引っ越したのは、祖父が選挙当選したからだと聞いています。そして、祖母も編み物教室の先生と、やりたいこと仕事にしていたため、使用人を雇っていたとか。
そのことが、父がグレてしまう要因となってしまいました。そんな父に対し、伯父は『大人しく真面目で優しい人』だそうです。伯父を知る人物によると。
だからでしょうか。夢の中で伯父が助けに来た時『伯父らしい』と会ったこともないのに思っちゃったんですよね。
か弱くて、些細なことで心折れてしまう。そんな表面上の人柄の中に、伯父の誠の優しさを見たと言いますか、夢で会ってしまうとリアルでも会いたいとは望みました。

いいなと思ったら応援しよう!