顔的に会社員
数年前のある夏の日、私は隣町にあるアメリカンダイナーで昼食を摂っていた。
肉厚なビーフパティから滴る肉汁が脳天に突き刺さる、栄養満点の昼食だ。
カウンターで1人、アメリカナイズされたハンバーガーとナゲット、フライドポテトを行儀正しく三角食べし、それをバニラ・シェイクで流し込んでいると、カウンターの向こうに立つオーナーが言った。
「お兄さん、今日はどこからおみえなんですか?」
唐突に掛けられた言葉にあわあわしながらも答えると、彼は「そうなんですね。その辺りだと・・・・〇〇ってお店知ってます?」
馴染みのない店名に「存じ上げずすみません・・・。どんなお店なんですか?」と私が聞くと彼は、「セレクトショップなんですけど。もしかしたら好きじゃないかなって」と言い残し、入ったオーダーの調理に取り掛かった。私の相槌が彼に届いていたかは謎だ。
普段であれば、なんとなく店を調べてそれで満足して終いだったが、その日は妙に気分が乗り、食後にその店に向けてハンドルを切った。
そうやって足を踏み入れたセレクトショップに通うになって、気付けば3年ほどになる。その店は私の暮らす町のちょうど真ん中辺りにあり、咥えタバコで車を走らせていればうっかり通り過ぎてしまいそうな小さな店だ。
店構えは町の割に小洒落た雰囲気にまとまっていたが、どこか気取った風で、お洒落”過ぎる”様にも見えた。少なくとも、私の暮らすドン・キホーテとしまむらで服を買う人が殆どとも言える田舎町の雰囲気とは大きくかけ離れている。
その店のオーナーは、緩いパーマが掛かった長髪の男で、どこか怪しい雰囲気を纏っていた。
「俺さ、ガキの頃から絶対服屋になるって決めてたもん。出来ないかも、なんて考えたことないんだよね」
「いろんな人に助けられて生きてきてさ、だから助けられる人は助けたいし、そうやって楽しく生きていけたら最高だよね。ウィン・ウィンじゃん」
些か臭く聞こえるその言葉も、彼の口から発せられるだけでもっとらしい言葉に聞こえてくるから不思議だ。
そしてその後、私は個人事業主として会社員の傍ら副業を始め、彼からいろんな仕事を貰うことになった。
私は彼から助けられてばかりだった。
それはきっと彼なりに私を応援して、という気持ちもあるのだろう。悪い言い方をすればお情けともとれたが、彼と話していると別にそういう訳でもないのかもしれないと思えてくるから不思議だ。
最初は彼から滲む怪しさから、若手から搾取したり怪しい仕事を裏でしていたりするのかしら、なんて思っていたが見ている限りではそういう訳でもなく、実際のところ彼は影で地道な営業廻りをしていたり、フィジカルとメンタルがすこぶる強いやり手のオーナーというだけの話だった。
それでも、未だに彼が年代物のクーペタイプの外車とランクル、2台のハーレーを維持して妻子を養っているという事実にやっぱり何かあるのかもしれんな、と思わずには居られなかった。
簡単な話、私は彼が何者なのかイマイチ分からないままだった。
以前の勤め先に居た、マルチ商法にハマって借金を膨らませていた男がよく言っていた。
「人脈って大事よ。やっぱ経営者と話してると視点の違い感じるし一緒にいるだけで勉強になるもん」
確かに、その言葉にも一理あるのかもしれない。このセレクトショップのオーナーと話していると、人への商品のアプローチの仕方であったり、プロダクトを作る上での切り口等、勉強になることが沢山あった。
もっとも、何かを学ぶ事が出来たとしても私がそれを実践できるかというのはまた別のことだった。それができないからこそ、人々の本棚には自己啓発本やダイエット本が並ぶ。
ある木曜日、仕事を終え夕食の支度をしながらコーヒーを飲んでいると、そのオーナーからラインが届いた。
「よかったら今晩飲みに行かない?」
木曜日とはいえ、翌日も仕事だったので普段であれば断るところだが、仕事をもらったりしている事や、なんとなく面白そうだ、という嗅覚が刺激され、ご一緒させてもらう事にした。
待ち合わせは20時で、その店は我が家から徒歩15分ほどのところにあった。
先に店に到着し、暖簾をくぐるとカウンター席の奥へと案内される。女将さんが一人で廻している様で、どうやらちょうどお客さんの波がはけたところだということで店内には私しか居なかった。
オーナーの名前を出して挨拶すると、慣れた様子でビールが出てくる。
少しするとオーナーがやってきた。
「来てくれたね!」
屈託なく笑うオーナーは改めて女将に私を紹介してくれた。それから他愛もない話で盛り上がり、11時を越えた辺りで一人の男性客が入店してきた。
どうやら彼は常連の様で、女将やオーナーともそれなりに仲がいい様だった。
日付を越える前には帰りたいなぁ、と思っていた私には渡りに船だった。2人が盛り上がり始めたところでサラッと退散しちゃえやしないか、などと考え、タイミングを見計らうも中々上手くいかない。
「機能ちゃんはさ、顔的に会社員って感じだね。個人事業主は向いてないよ。もっとバカでクズじゃないと。個人事業主なんて」
そわそわしながらバターコーンをつまんでいる私に、山さんというその常連は言った。
「えー?そうですか?」
私が言うと、「ほら!もう返しが真面目で普通だもん!」と彼は笑った。今まで会社員には見えないと言われ続けてきて、初めてそんなことを言われた。釣られて私も笑った。
山さんは隣町で居酒屋を経営しているらしく、その日は薄いパープルレンズのメガネをかけ、彼も大概、怪しい風体の男だった。
そして、彼の口からはここでも書けない様な言葉が次々と飛び出した。
結局その会合は午前3時まで続き、数時間の仮眠を挟んで私は出勤した。11時頃からお酒は控えていた為、アルコールは残っていなかったが睡眠不足のあまり1日中頭がクラクラしていた。
帰宅すると、私はシャワーだけ浴びてベッドに倒れ込んだ。
後日、そのオーナーと打ち合わせで顔を合わせた際、「山さんの言ってた事は気にしないでいいからね」と彼は笑った。
しかしそんな言葉よりも前に、自分の中で向き不向きなんてものは分かっていた。
それでも私はもう走り始めてしまっていた。
なんとなく、今まで裁判で見てきた被告人らが脳裏を過った。
彼らが、あまりにもリスクが高い犯罪という手法に手を伸ばす理由が少しだけ分かった気がした。
