【何もしない時間に、何が起きているのか】
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新年が始まってから、
私は意識的に、ほとんど何もしていません。
何かを決めたり、
予定を詰めたり、
「今年はこうする」と言葉にしたり。
そういうことを、あえて後回しにしています。
外側から見れば、
少し立ち止まっているように見えるかもしれません。
そろそろ動き出した方がいいのでは、
という声が、どこからか聞こえてくることもあります。
でも、内側の感覚は違っていました。
止まっている感じがしない。
遅れている感じもしない。
むしろ、静かなのに、どこか満ちている。
そんな時間の中に、今います。
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第1節|動いていないように見える時間
何も決めていない。
大きな行動も起こしていない。
成果と呼べるものも、特にない。
それでも、
「何もしていない」という感覚は、
思っていたよりも不安を連れてきませんでした。
以前なら、
何かを決めていない状態や、
次の一手が見えない時間に、
どこか落ち着かなさを感じていたと思います。
けれど今は、
判断を急がなくなり、
選択を先延ばしにしても、
心がざわつかない。
外側の基準や、
「こうあるべき」という声が、
少し距離を置いて聞こえるようになったのかもしれません。
動いていないように見える時間。
けれどその静けさの中で、
確かに、何かが変わりつつある感覚があります。
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第2節|内側では、配置が進んでいる
この「何もしていない時間」は、
準備期間というよりも、
定着の時間に近いように感じています。
新しいことを始める前の、
助走のような時間ではなく、
すでに動き終えたあとに、
身体と意識が、自然な位置に落ち着いていく過程。
意識の向き。
力の入り方。
中心と、外側との距離。
そうした配置が、
行動を伴わずに、静かに整え直されている。
外から見れば分かりにくいけれど、
内側では、確かに再配列が起きています。
何かを足すのではなく、
余分なものが抜けていく。
動かそうとしなくても、
自然に整っていく。
そんな時間です。
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第3節|動かなくても、動きはやってくる
不思議なことに、
こちらから何かを起こそうとしなくても、
必要な出来事や、会話や、流れは、
ちゃんとやってきます。
無理に掴みにいかなくても、
必要なものは、向こうから近づいてくる。
「動かない」という選択は、
停滞でも、放棄でもありません。
位置が定まり、
力みが抜けたことで、
動かなくてもよくなった、という状態。
この時間を信頼できるようになると、
焦りは自然と薄れていきます。
今年は、
何もしない時間に、何が起きているのかを、
急いで説明しなくてもいい年なのかもしれません。
ただ、その静かな進行を感じながら、
必要なときに、必要な一歩を踏み出せばいい。
今は、
ただその静かな進行の中に、
身を置いていたいと思っています。
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