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私は主人公になれないと思っていた

こんにちは。

琴線出納帳(きんせんすいとうちょう)と申します。


私は、自分は主人公になれないと思っていました。

誰かの話を聞く人。

 誰かを応援する人。

 背景に書き込まれただけの、そのうち死亡フラグを立てて死ぬだけのモブ。

そんな役回りだと思っていました。

だから人生で何か良いことが起きても、

「運が良かった」

と思っていました。

努力したからじゃない。 

たまたまだ。 ラッキーだっただけだ。

そう思って過ごしていました。



そうしたら、ある時、病気になりました。


甲状腺機能低下症。


病院で、健康に関する不安な話や、子どもを授かるのは難しいかもしれないと言われて、私は泣きました。


しばらくは精神的に辛い日々でした。


でも、私は人生を諦めなかった。

いや。
もう、
今までみたいに人生を諦めたくなかった。


「もし自分が死ぬなら、最後に何したい?」
そう自分に問いかけた時


「結婚して子供を産み育てたい」


という答えが返ってきて、私は驚きました。
私は、自分がそんなことを願っていたなんて知らなかったからです。


でも、私がもし子供を産める可能性があるなら産んでみたいと思いました。


ただ、その頃の私は、自分がしたいことを
「したいからする」と考えることができませんでした。


何か理由がなければ、自分の願いを叶えてはいけない気がしていたのです。


だから、
「私がこの世から一人減るなら、その分の人口を増やしても許されるだろう」と思いました。

そう考えることで、ようやく自分の願いに許可を出せた気がします。


私の人生を動かしたのは
甲状腺の病気でした。

そのおかげで結婚し、子供を二人授かることができました。


そして、私を主人公にしたのは
少額訴訟の書類でした。


トラブルになったお金を取り戻すために選んだ少額訴訟。

そこで、人生で初めて、私は原告になりました。

誰かの話ではなく、 私の話をしなければならなかったのです。



私は少額訴訟についてたくさん調べた。

訴状を書いた。

証拠を集めて甲号証を作った。

裁判所に何度も足を運んだ。

答弁書が来たら準備書面を書いた。

不安になったら弁護士相談にも行った。


弁護士相談では

「もっと丁寧に説明しないと弱いですよ」と言われて泣いて帰りました。

でも

「もっと丁寧に説明しないと」という言葉を拾った。


被告ではなく
「何も知らない裁判官に何があったのか説明しなければならない」のだと気付いたのです。


弱いと言われても諦めなかった。


だって私は、
諦めるかどうかの相談をしに弁護士相談に行ったわけではなく、
アドバイスを貰うために弁護士相談に行ったのだから。


立ち止まるつもりなんか無かった。


そこから準備書面を新しく書き直した。

クレジットカード履歴を集めた。

さらに証拠を揃えた。


気が付けば、私は毎日少額訴訟のことを考えていました。



証拠のために被告のDMやLINEを何度も見返しては具合が悪くなって。


吐き気がしても。

めまいがしても。

怖くても。

それでも少しずつ前に進んでいた。


そしてある日、ふと思いました。


あれ?

私、ものすごく頑張ってない?


気付いた。


私は努力していた。


こんなに努力できる人間だったなんて知らなかった。

私はそこで初めて、

「私は頑張った」

と、私に言えるようになりました。



自分を主人公にしてくれたのは
少額訴訟の書類でした。

そのおかげで私は、自分が努力できる人間だと知ることができました。



裁判の結果はまだ分かりません。



でも私は、大切なものを取り戻した気がします。

それは、

「私は何もできない人間ではなかった」

という事実。


私はずっと、

努力できない人間だと思っていました。

主人公ではないと思っていました。

でも違った。

努力できないのではなかった。

自分が努力していることに気付いていなかっただけだった。

少額訴訟で取り戻したかったのはお金ですが、でも私はその途中で、

自分自身も取り戻した気がしています。


私は、私が努力していることを認められるようになりました。

そして、

主人公になれたのではなく、

ずっと主人公だったことに
ようやく気付けたのかもしれません。



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