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「Ω」階段→扉→椅子→無題無題無題無題無題無題………→あなた、階段「α」

子どもの頃に、私の中に降りてきた発想があります。

それは「この世界はたった一つの席をとるための椅子取りゲームである」、ということ。

世界の終わりに、天高く繋がる階段が降りてきて、その先にある扉を開けると前述の椅子がある。

その椅子に座ることができたのなら、願いはなんでも叶えられるのです。

実のところ、この世界の上層部の者たちはそのことを知っていて、知った上で、椅子が現れるまでは協力関係を結んでいるのだということ。

そしてその者達は椅子の争奪戦の参加者を減らすために、そのことを隠し通しているということ。

あまりにも荒唐無稽な発想に、子どもながらに一笑に付し、忘れようとしたものの、なんだかとても大事なことのような気がして、時折アニメや漫画のように世界の終わりに登場人物たちが椅子を取り合う物語を夢想していたのでした。


時が経ち、私にはこの世界について学んで行く中で、あのときの椅子取りゲームの発想は、あながち間違っていなかったことがわかったのです。

ただ、全く想像していなかった事がありました。

それは椅子に繋がる扉が、日本人に優先して現れるようにシステムが組まれているということなのです。


「日本人とは救世主」です。

https://note.com/kinuzuka/n/n3955f8632922?magazine_key=m1d2cf000b420

最期の審判の時、残された日本人には無へと還るか、再び始めるかの選択肢が与えられます。

https://note.com/kinuzuka/n/n603c8e9d9147?magazine_key=m8914b1e402be

そして、来る最後の審判に向けて救世主たちを撲滅したいアイルの意思が一致していたからです。

https://note.com/kinuzuka/n/ncaffcead165b?magazine_key=m8914b1e402be

繋がってきましたか??



私は日本語を高く買っています。つまり、そこには、その話(デイスクール)において非常に洗練された社会的きずなを支える完璧さがそなわっているのが認められるからです。

(中略)

誤解を恐れないで言えば、日本語を話す人にとっては、嘘を媒介として、ということは、噓つきであるということなしに、真実を語るということは日常茶飯事の行いなのです。

エクリ(ジャック・ラカン 弘文堂 宮本忠雄・竹内迪也・高橋徹・佐々木孝次 共訳)

その国の言霊のシステムは洗練されており、言葉と物質・現象の間に一才の解離が存在していなかったのです。

 例えば、ハサミという言葉を構成する、「は」、「さ」、「み」のそれぞれの音がそれぞれの役割の上で重なりあって、物を切る道具である「はさみ」をそれ自体で過不足なく表しているのです。

 故にこの国では勘違いや誤解、それらから生じる争いというものは存在しません。

 穏やかさに満ちた精神性の高い国でした。

https://note.com/kinuzuka/n/n893f61f78074?magazine_key=m8914b1e402be

それらの真偽はさておき、古事記と言霊に書かれる内容として興味深いのは

・古代の人々が五十音の一文字一文字に適切な心理作用(概念)を割り振り振ったこと

・それを元に単語を構築していったこと

・その技術を暗号として残すためのものが古事記の神生みの段であること

・その内容として五十音一文字一文字に神々を当てはめていること

これは正しく以下の記事で私が触れた、「りんご」という箱(クラス)に🍎の概念(プログラム)を組み込むことで、「りんご」を宣言すれば他者と意思疎通ができる、という主張と重なり、またこれまでの記事で述べてきた通り「概念」がそもそも神である、という主張とも重なるのです。

https://note.com/kinuzuka/n/n98ff06aef1ad?magazine_key=m8914b1e402be


変数の箱に「何も無い」状態をnullと呼びます。

「認識されることで存在する」、という設定のこの世界においては、全ての人間が魂の海に還ることは、全ての箱がnullになることと同義なのでしょう。

そこに魂を注ぎ込んだのは、もしかしたら…。



私もできることならその椅子に座りたい。

ただ、いつかそこに座る誰かに何か少しでも、心の片隅にでも私がいるのならば、それだけで構わないとも思う。

願わくば、そこに座る日本人が、同じように「私でなくてもいい」と思えるような、優しい人であってほしいと思う。

そして「私でなくてもいい」と思える優しい人が、そのときまで生き残っていてほしいと思う。


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。



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