象徴であろうとする天皇と死者•被災者•非定住民【内田樹の談論風発17】
今回もすごく勉強になる動画を共有させていただきます。
※その前に動画内にて「天皇制」という言葉が頻繁に出てきますが、少しセンシティブな言葉で、特に伝統的保守を少なくとも自称する人々の意見だと、天皇がいることが日本であるのであって、「制度」としてしまったとき「廃止」を主張できてしまう、ということなので、その辺りは気をつけて使った方がいい言葉かもしれません。
▽内容の要約と感想
・レイヤーの違う二つの統治原理が「葛藤」していることが世の中としては一番安定するのではないか。日本においては私たちが思う世俗的統治の原理・権威である「政治」と、もう一つに霊的権威としての「天皇」がある。
(下の記事等で水戸学や明治維新についての懸念、疑念を挙げさせていただいています。
一方で動画内で内田氏が述べているとおり、このころの日本人の「覚醒」度合いは目を見張るものがあるのです。
立ち位置によって物事は見え方が異なるので、できる限りでいいから様々な領域を渡り歩いてほしい、と何度かお伝えしていますが、その一例と言えるでしょう。)
・日本国憲法において、
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく(憲法第1条)。
とあるが、そもそも「象徴」とは具体的になんだろうか?、ということについて、現上皇は自らの行為、「生身の身体での鎮魂と慰謝」、たとえば国内の被災地に自ら赴き、膝をついて人々に寄り添うことを「象徴的行為」と位置付けたのではないか。
私のこれまでの記事で言うなれば、「象徴」という規定されずにいた「箱」に自らの行動という「プログラム」を組み込んだといえます。
この考え方は是非とも持っていてください。実のところ「せめぎあい」の本質は「箱」に何を組み込むことができるか、ということなのです。
さて全体として私がお伝えしたいこととして、
社会というのは上記のような各領域、各層の者たちの思想や知識、経験、パワーバランス等の綱引き、せめぎ合い、タタカイによって成立している、ということです。
・世俗的統治権威は情勢やパワーバランスによってコロコロとトップや言ってることが変わる。それは『社会』の都合上「そういうもの」とも言えますが、このとき道義性を一貫させるということは不必要でむしろ、そういった心持ちは邪魔なものになってくる。
それでいいと権力の椅子取りゲームをしてる者たちは言うかもしれないが、普通の人々は、少なくとも心のどこかでは「真っ当に生きたい」と思っているはずで、そのとき道義性を一貫させる権威が天皇として今現在あるのではないか。
・今上天皇の研究テーマ「日本中世の海上交通」について。
あくまで形式ではあるものの天皇は歴史上遊行の民(非定住民、即ち聖や鍛治、賭博、武芸、芸能の民)の移動の自由の保証となっていた(保証として利用されていることを容認していた、という表現の方が正しいか)。
遊行の民は以下の動画の紹介でお伝えした、忌部のような者たちから発展したと考えています。
初期の記事においては弥生勢の東征に抵抗した勢力(磯城(海部)(初期物部・安曇・忌部))が東方に逃れ、それが諏訪大明神の一部なのではないか?ということについて述べてきましたが、そういった灌漑稲作とそれに付随する定住を否定した者たちから発展したであろう「まつろわぬ民」を包括して天皇家は君臨していた。
「水上交通」とはそういったことに関係している研究であり、それは我々の知ることはない「語られざるミッション」があるのだろう。
下記の動画で陛下の研究講演
・民主主義をなくして大日本帝国に戻そうとする者たちがいる。
一方天皇制をなくして普通の民主主義国家にしようとする者たちがいる。
その狭間で、「葛藤」し国民が成長していく、そんな道はないのか?
それを考える人が戦後今までいなかったのではないか?
それが本来必要であったのではないか。
ここまでの内容について、中々「普通」に生活していると感心を持ちにくい内容かもしれません。それは多くの日本人にとって空気のように当たり前にあるものだからです。
それがこのように触れられるようになりつつあることは、良いことなのか、悪いことなのかはわかりませんが、「触れられるようになったという事実」についてまずは受け止める必要があるでしょう。
こういった動きに関しては余裕があれば是非気にしてみてください。
