2025年鑑賞映画No.45 ボタニスト 植物学家(仮題)
第38回東京国際映画祭。
11/5に閉幕しました。関係者の皆さんお疲れ様でした。たくさんの映画と出会わせてくれてありがとう。
鑑賞映画5本目は、ボタニスト 植物学家(仮題)/植物学家from🇨🇳
あらすじ
新疆ウイグル自治区の村に暮らすカザフ人のアルスィンは、行方不明になった叔父さんから教わった植物採集を趣味とする物静かな少年。
ある日村の商店の娘である漢族のメイユーと出会い、親交を深めていく。
同じ時を過ごし絆を深める2人だが、次第に気持ちがすれ違っていく。
そんなある日、メイユーが遠く離れた都会の街に引っ越すこととなり…
少年と少女の出会いと別れを描いた瑞々しい作品。
印象に残ったあれこれ
ティーンエイジャーが、眩しいっ
心と心が次第に近づいていく少年少女が、とにかく眩しかった。
友情とも恋愛感情とも言い難い、不思議な気持ちで仲を深める2人。
民族の違いとか、宗教の違いとか、家のこととか、結婚とか、難しいことを何も考えずに「好きだから一緒にいたい、それの何が悪いの?」と素直に思っている感じ。
なんだかとても眩しくて、目を細めたら昔のことを思い出した。
私が彼らくらいの年の頃、好きな人がいた。
なんと両思い。同じ学校の同級生だったと思う。
だけど、彼らのように純度高めの感情は持てなかった。
昔からいろいろ考える癖があったし、そこに存在しない他人とか見えない事情を憂いて何かと自制していた気もする。
好きだから一緒にいる。
それを当たり前のことと思える関係性は、多分ティーンエイジャーでなくても築ける。
けど誰でも築けるわけではなく、生来の気質とか訓練の積み重ねとかで体得できている人とそうでない人が分かれているとも思う。
私が「そうでない人」であることが、映画の中の2人はとても眩しく見えた理由なのかもしれない。
最初と最後のおじいさん
映画の最初と最後。
白くて豊かな顎髭をたくわえたおじいさんが、自然の中で静かに佇むシーンがある。
彼は何者なのか。
何の象徴なのか。
実はおじいさん、少年アルスィンの将来の姿で、この映画は年老いたアルスィンが少年の日を思い出した回想だった…とかそんな裏設定があるのかも?
年老いたアルスィンは、少年の日に別れたメイユーとどこかで再会できたのだろうか。
行方不明の叔父さんと再会できたのだろうか。
おじいさんの安らかで穏やかな顔…
再会できてもできなくても、納得感はあるかな。
喋るウマ、叔父さんの行方
映画の中、たびたび黒い馬が出てくる。
そしてこの馬、なんと喋る。
馬はアルスィンに言う。
この村を出た者は、弧を描くようにいつか村に戻ってくる。
私は叔父さんの行方を知っている。
私なら、叔父さんのもとへすぐに行けるーと。
少年に目を瞑るよう促す馬。
その後馬に促された少年が目を開けると、馬は消えていた。
叔父さんのもとへ、本当に行ってしまったのだろうか。
私はこの馬が実は叔父さんの化身なのではないかと思う。
行方不明になった叔父さんはきっと生きていて、村から離れた遠い街で暮らしている。
何かの事情で村に帰れず安否も連絡できない。
だけど村に残してきた家族を思う気持ちはある。
村に残してきた甥たち。
特に、植物採集のやり方を教えた下の子。
年の離れた兄は当時遠い街へ出ており、村に祖母と2人で暮らしている子。
彼は元気だろうか。寂しがっていないだろうか。落ち込んでいないだろうか。
そんな思いが、幻想なのか現実なのか馬を作り出し、甥のもとへ表れた。
そんな気がした。
馬が叔父さんの化身であれば、叔父さんの居場所が分かると言うのは一理ある。
村を出た人は弧を描くように戻ってくるという説は、叔父さん自身の願いなのかもしれない。
そして、村を出ることになったメイユーを見送る少年の未来への光でもあるのかもしれない。
月と太陽
村を出ることになったメイユーと村で生きていくアルスィンの関係が、月と太陽で例えられていた。
月と太陽はたしか叔父さんが教えてくれた昔話で、お互いを愛し思いあっているけど、どちらかが出ればどちらかが隠れてしまうため巡り会うことはないのだという。
アルスィンとメイユーは、メイユーの引っ越しの話が挙がるまでは同じ空の下で同じ時を過ごしたくさん語り合い笑い合ったはず。
2人に潜在的な月性・太陽性があったのなら、月と太陽の昔話にも実は前日譚があって、月と太陽が同じ空の中で同じ時を過ごした日々があったのかもしれない。
何となくそう思った。
月と太陽ってなかなか会えない2人の象徴みたいになってるけど、たまに共存してるのを私は知っている。
昼間にカンカンに照り照りな太陽と、その少し離れたところでひっそり浮かぶ月。
ラブラブ熱々って感じではないけど、お互いが見える位置でお互いリラックスしてやりたいことをやってる感じがお似合いだと思う。
最後に
広大で美しい自然の中で少年少女の等身大の感情が表れていて、対照的な「キレイ」に触れられる映画だと思った。
上映後の監督・助監督インタビューで話されていたけど、主人公の少年は新疆ウイグル自治区の街で2か月ほどかけて探した結果スカウトした子らしい。
村人などの出演者は新疆ウイグル自治区の実際の住民で、農業とか生業があるので彼らのスケジュールを優先して撮影したのだそう。

右が助監督。北京出身のシティーボーイ。
劇的な展開はなかったけど、観終わった後、心の中にキレイな泉が湧きあがるような、そんな映画でした。

