ぎゅーってしてあげるから
「この一年で受け取った一番の贈り物は何ですか?」
そう問われたとき、私は何度もこの一年を思い返した。
贈り物と聞けば、普通は形あるものを思い浮かべるだろう。
けれど私の頭に浮かんだのは、失ったものばかりだった。
昨年の夏、祖母に会った。
以前のような力強さはなく、歩く姿も話す声もどこか弱々しく感じた。
「もう長くはないのかもしれない。」
そんな思いが胸をよぎった。
その後、祖母は入院した。
病室で会った祖母は、もう言葉を話すことができなかった。
それでも私の顔を見て、かすかに口元を動かした。
何を伝えようとしてくれたのか、今もわからない。
その翌月、祖母は静かに息を引き取った。
祖母との別れを機に、私は「家族」という関係について深く考えるようになった。
そこで向き合わざるを得なかったのが、実母との関係だ。
母は昔から私を頼りにし、「あなたならできるから」と、多くのことを私に任せてきた。
自立を促される一方で、母の抱える悩みや期待を真っ直ぐにぶつけられることも多く、その重さに私はどこか息苦しさを感じていた。
身内ゆえの甘えからくる距離感の近さに、心身ともに疲れてしまうこともあった。
できることなら距離を置きたい――
そう願う日も少なくなかった。
だからこそ、私は自分の子どもには同じ思いをさせたくなかった。
自分で考え、自分で人生を選べる環境をつくってあげたい。その一心だった。
「子どものためになることなら、何でもしてあげたい。」
本を読み、情報を集め、娘の進路を懸命に調べた。
中学受験をすることが娘の将来の選択肢を広げると信じて疑わなかった。応援しているつもりだった。それは娘のためだと思っていた。
その熱意は、いつの間にかプレッシャーになっていたのかもしれない。
結局、娘は「受験をやめる」という決断を自ら下した。
その決断を受け止めながら、私は自問自答を繰り返した。
私が信じてきた「娘のため」は、本当に彼女のためだったのだろうか。
今振り返れば、私は「幼い頃の自分がしてほしかったこと」を、娘を通して叶えようとしていたのかもしれない。
祖母との別れ、母との葛藤、そして娘の受験。
次々と起こる出来事は、私に「親であること」を厳しく問いかけてくるようだった。
気づけば私は、自分を責めることが癖になっていた。
心身の限界を迎え、休職が決まった日のことだ。
会社へ連絡を済ませ、整理のためにスマートフォンの写真フォルダを眺めていた。
そのとき、見覚えのない動画を見つけた。
何気なく再生すると──
聞こえてきたのは、次女の声だった。
「お母さん、つらくなったら教えてね。」
「ぎゅーってしてあげるから。」
守っているつもりだった私を、娘はずっと見守っていてくれていたのだ。
私はずっと、親は支える側なのだと思っていた。
でも、本当は違った。
この一年で受け取った一番の贈り物は、スマートフォンの中の数秒の動画ではない。
「一人で頑張らなくていい。」
その言葉と、いつも私を見つめてくれていた娘たちの存在だった。
子どもに支えられながら親になっていく。
この一年で私が受け取った一番の贈り物は、その温かな気づきだった。
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