私たちは、みんな神事をして生きている
私はこれまで、土地の浄化に関わらせていただいたり、神職さんとご一緒にお志事をさせていただいたり、舞を奉納させていただいたりしてきました。
そのせいか、
「神事をしていますよね」
「神事をしている人ですよね」
と言われることがあります。
でも実は、そう言われるたびに少し恥ずかしい気持ちになっていました。
なぜなら、私の中には昔から、
神事というのは特別なことではないという感覚があるからです。
もちろん、祈りや奉納、神社でのご奉仕も尊いことだと思います。
でも私は、神事というのは「神様のためにする特別なこと」ではなく、「命を大切に扱うこと」なのかもしれないと思っています。
朝、目を覚ますこと。
顔を洗うこと。
食事をいただくこと。
「ありがとう」を伝えること。
家族を想うこと。
誰かのために心を尽くすこと。
疲れた身体を休ませること。
そんな日常のひとつひとつも、神事なのではないでしょうか。
私たちはつい、特別なことをしている人をすごいと思いがちです。
でも、毎日を丁寧に生きている人。
誰かを大切にしている人。
見返りを求めずに優しさを差し出している人。
そんな人たちこそ尊い神事をしているように思うのです。
私は、小さい頃から、一人ひとりの中に神様のような尊い光が宿っていると感じていました。
だから特別な誰かだけが神事をしているのではなく、私たちはみんな、それぞれの場所で神事をしながら生きている。
そんなふうに思うのです。
そして私は、この世は神芝居だと教わってきました。
神の世界の大きな物語を、この世で私たち一人ひとりが演じている。
ホツマツタヱを学ぶと、神々もいつも穏やかで完璧な存在として描かれているわけではありません。
それぞれの想いがあり、
意見がぶつかることもあり、
葛藤することもあります。
だから、嬉しいことだけではなく、悲しいこともある。
わかり合える日もあれば、
喧嘩をする日もある。
感謝できる日もあれば、
腹が立つ日もある。
順風満帆な時もあれば、
思い通りにならない時もある。
でも、それも含めて人生🟰神成
綺麗なことだけが尊いのではなく、悩みながらも、迷いながらも、転びながらも、一生懸命に生きていること自体が尊い。
神々にも様々な出来事があるのなら、私たちの人生に様々な出来事が起きるのも、また自然なことなのかもしれません。
今日の「ありがとう」も神事。
心を込めて作るご飯も神事。
誰かを想う優しい言葉も神事。
そして、悩みながら前に進もうとすることも神事。
一人残らず、すべての人が神事をしながら生きているのだと思っています。
子どもも、大人も。
働く人も、学ぶ人も。
家族を支える人も。
ただ一生懸命に今日を生きている人も。
みんなそれぞれの場所で、尊い神事を行っている。
もし私たちが、そのことを知って生きていけたなら、自分のことも、目の前の人のことも、今より少し大切にできるのかもしれません。
そしてそんな人が増えていったら、世界はもっと優しく、温かなものになっていくような氣がするのです。
今日も、読んでくださってありがとうございます💕
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