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【第3話 入店からデビューまで】うつ美容師が気楽に生きられるようになるまでの話

入店初日、私とはなちゃんは店長から目標を聞かれた。

「できる限り最速でデビューしたいです。」

一方のはなちゃんは「特に目標はありません。のんびりやっていきたいです。」と、私とは対照的だった。

店長は嬉しそうに言った。「久々にやる気のある子が入ってくれた。目標達成できるようにビシバシ鍛えていくからね。」

その言葉通り、私の美容師生活は人生で経験したことのない過酷さだった。通常の練習は朝と晩に1時間ずつ。でも最速デビューを目指す私はさらに1時間ずつ練習時間を増やし、時には始発から終電までの生活を選んだ。週2日の休みは回復に充てて、月に1、2度休日も講習会があった。一方のはなちゃんは通常練習のみで帰宅していて、たまに私に付き合ってくれる程度だった。

そして入店から3ヶ月、私はデビューを果たした。店長が今まで指導した後輩の中で最速だと嬉しそうに言ってくれて、私も目標を達成できた喜びを感じていた。

最初のお客様は、アシスタント時代からシャンプーを指名してくれていた優しい方だった。でも店長から「デビューするからには、テストと同じ時間で切らないとね」と言われ、背後にカウントダウンのタイマーを置かれた。緊張しやすい私には、初めて人をカットするプレッシャーに加えてタイマーが気になってしょうがなくなり、うまく切れなかった上に時間内にも収まらず、挙句の果てにお客様の耳を切ってしまった。

「ほ、本当に申し訳ございません!手当をさせてください…!」
絆創膏を持つ手が震えてしまって、一向にうまく貼れなかった。

お客様は本当に優しくて、「初めてのお客さんになれて嬉しいよ、全然気にしないで。これからも頑張ってね。」と言ってくださった。優しい言葉に涙が止まらなかった。申し訳なくてお代はいただけないと店長に話したら、こう言われた。

「あなたのミスでなぜ会社が損失を受けないといけないの?泣きたいのはお客様と、あなたを信じて入客を許した私の方だ。」

店長は激怒し、練習を見てくれた先輩全員に頭を下げるよう言われた。泣きながら頭を下げて回り、カット料金はお客様に代わって私が払うことにした。最悪のデビューだった。

そしてその1ヶ月後、はなちゃんもデビューした。タイマーを置かれることも、耳を切ることもなく、笑顔で。

あれだけ頑張って、差は1ヶ月だった。おかしいな、と思った。
最速デビューという目標を達成したにもかかわらず、練習量を減らす勇気はなかった。
当時の私はブレーキをかけられない車のようになっていたように思う。なんとか挽回したくて、より一層練習に励んだ。

営業に出ると、はなちゃんの対応力の高さが際立っていた。状況判断が早くて、アシスタント業務ははなちゃんの方が頼りにされていた。やる気では誰にも負けないと思っていたのに、デビューの速さ以外では全てにおいてはなちゃんの方が上だった。私はとにかく不器用だった。

「あなたは本当に気が利かないね。」

店長によく言われた言葉だった。なんでだろう、と思っていた。私が一番知りたかった。

私がアッと気づく頃には、はなちゃんがもう動いていた。飲み会ではサラダをさりげなく皆に取り分けて、営業中は足りなくなりそうなホットタオルをさっと補充して、締めの作業は教わってもないのに自然と手伝っていた。私にはそれができなかった。

後から知ったことだけど、はなちゃんは幼少期から家庭環境が少し複雑で、ずっと大人の顔色を窺いながら育ってきたらしかった。だからこそ自然と気が利くようになっていたんだと思う。私が社会人になってからなんとかしようとしていたものは、はなちゃんにとって小さな頃から当たり前にやってきた事だった。

私とはなちゃんは、ちぐはぐだった。
はなちゃんのようになりたかった。でもどう努力したらそうなれるのかは、当時いくら考えても全くわからなかった。


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