さるすべり
今になって思うよ、おばあちゃん
そうするしかない時ってあるよね
立ち止まって考えてなんかいたら、生きてはいられなかった。
私も、そしておばあちゃんも。
時々見る夢は、たぶん小さかった私。
夕焼けチャイムが外から響いてきて、陽射しが顔にかかって暑かった。
狭いアパートのドアが開いて、見知らぬ大人が数人やって来て、怒鳴り合っていた。
「厄介者が」とか「児相の役目だろ、こいつどうにかしてくれ」と好きずきに冷たく言い放つ。
それから、急に私は誰かに強く抱きしめられた。その人は「私が育てます!」と、大きな声をあげた。
「この子に罪はないから」と、さらに懇願するような声が響く。
「私がちゃんと育てる!こんな冷たい親戚なんかと関わらせない。この子の親父みたいにさせるわけにはいかない。あんな人間はもう作らないように、私が育てるのが1番なんだ。そうでしょ、名ばかりの親戚さん達?」
おばあちゃんはいつでも立派だった。
一人残された孫娘の私を育てるために、清掃員、工事現場の誘導、早朝からの弁当工場、なんでもやった。
年に一度は遊園地にも連れて行ってくれた。だけどメリーゴーランドに乗る
私の姿を、悲しそうにぼんやり眺めていたのを覚えている。
「みゆちゃんてさ、もらわれっ子なんでしょ?殺人犯の子なんでしょ」
下校中の私を追い越しながら、振り向き様にななこちゃんは正義の味方のような顔で言い放った。それを合図に近くを通った子ども達が一斉に「人殺し!ひっとごろし」と手を叩いて大合唱を始めた。
小学校4年生になった私に、友達は一人もいなかった。春一番が公園の砂を巻き上げて顔に直撃した。大合唱に反論する術もなく奥歯を嚙みしめるとジャリっと砂を砕く音がした。
おばあちゃんは、自分の娘一家を惨殺した男の子どもを引き取って育てている仏様のような人という世間の評価がついている。
そして私は殺人犯の娘。
私は幼くて何もわからなかったから噂話を信じるしかなかった。噂話が広がり過ぎるとおばあちゃんと私は引っ越しをした。
何度引っ越しても噂話はいつもついて来た。
(私、おばあちゃんの孫じゃなかったんだ)戸惑う度に念押ししてくる噂話を振り払う力は私にはなかった。
「おばあちゃん、私、、、。」おばあちゃんの本当の孫じゃないの?と聞くつもりで、窓辺に立っているおばあちゃんに声をかけた。
ゆっくり振り向いたおばあちゃんの後ろに真っ赤なさるすべりが見えた。
(飛び散った血みたいだ)慌てて言葉を飲み込んだ。
おばあちゃんは何にも言わないで、氷のような笑顔を私に向けた。
中学の時の三者面談で、おばあちゃんはいつも以上に背筋を伸ばして凛と張りのある声で「みゆには中学を卒業したら家を出てもらいます」と言った。
先生と私は同じタイミングで「え?」と聞き返した。
「私の知り合いにお弁当工場の社長さんがいて、そこの寮に入れてもらいます。高校に行きたかったら夜間でも通信教育でも自力で行きなさい」
先生は戸惑いながら「あ、あの、、」と言葉を挟もうとした。
おばあちゃんは冗談を言う人ではないし、一度口にした言葉を撤回する人でもない事を私は良く知っている。
「わかりました」私はおばあちゃんの真似をして、背筋を伸ばして声を張った。
弁当工場の社長さんに会った時、これがおばあちゃんの愛情なんだとわかった。社長は優しくて誠実でちょっとだけ厳しい人だった。
おばあちゃんは、闇雲に私を放り出そうとしたわけではないんだと思った。
私に纏わる噂話が本当だとしたら、私を憎んだって仕方のない話。
私は殺人犯の娘というレッテルしか持っていない。
詳細は何も知らない。おばあちゃんには語りたくない理由があるのだろう。
でも、「もうここまで!これ以上は無理です」と三者面談のあの日、おばあちゃんから言われた気がしていた。
明日、寮に引っ越すという日の晩に私は、きちんとお礼を言おうとした。
「おばあちゃん、ありがとうございました」と頭を下げた時、胸の奥から込みあげてくる思いを止めることが出来なくなった。
「おばあちゃん、時々会いに来ていい?」
おばあちゃんは何も言わなかったけれど、厳しい顔をしたまま微動だにしなかった。
どうしていいかわからなくなって、涙だけが止めようもなく流れた。
「電話は?」「手紙ならいい?」
静かな長い沈黙の後おばあちゃんは、はっきりと言った。
「私の事はもう忘れなさい」
工場の仕事は朝が早くて不慣れな身にはきつかった。
なんとか必死で食らいついて仕事を覚え、4か月が経った。
昼休みに休憩所で、お弁当を食べていると主任の女性が声をかけて来た。
この人からは何度も注意を受けていたので、また何か注意されるのかと構えていると、主任は仕事の時と違う柔らかい笑顔で「よく頑張っているわね。」と言った。そして「お箸の使い方きれいね、今時の子にしてはきちんとしてるわ。お母さんに教えてもらったの?」
「いいえ、教えてくれたのはおばあちゃんです」と言いたかったけれど、同時に「私の事は忘れなさい」と言ったおばあちゃんの顔を思い出し、何にも言えずに俯く私を、主任は変わらず柔らかい笑顔で見てくれていた。
泣きそうになって顔をそらすと、窓の外にはさるすべりが咲いていた。
あの日おばあちゃんが見ていた真っ赤なさるすべり
私を世間へ送り出して、姿を消したおばあちゃん。
あの日、真っ赤なさるすべりを見ながら何を思っていたの?
おばあちゃんには、もう会わない。
でも、思うのは自由だよね。
おばあちゃん、ありがとう。苦しめてごめんなさい。
私、ちゃんと生きるね。
了
