イギーから届いた、猫の絵の手紙
イギー・ポップとの思い出を書きますね😊
4月21日。イギー、79歳の誕生日。
90年代、来日したイギーを追いかけて、渋谷や川崎のライヴ会場で出待ちをしていた頃のことです。
『American Caesar』のブックレットに
「手紙をくれたら返事を書くよ」
といった一文と、私書箱のような宛先が載っていました。
それを見たとき、どうしても書いてみたくなって、本屋で買った『英文手紙の書き方』を手に、
拙い英語だったけれど、それでも伝えたい気持ちだけはたくさん詰め込んで、イギーにファンレターを書きました。
きっと同じように、手紙を書いた人は世界中にたくさんいたと思います。
イギーが猫を飼っていると聞いていたので、猫じゃらしのようなおもちゃも一緒に送り…
クラブチッタ川崎でのライヴでは、イギーが投げたピックが、偶然私の洋服の中に飛び込んできて、あの時のピックは、今でも大切な宝物として、そっと手元に残しています。
そんなことも手紙に書いて送りました。
数週間後——本当に、イギーから返事が届きました!
封筒の中には、(荷物の梱包に使った)紐にじゃれる猫と、イギーの腕が描かれたイギー画伯の絵(笑)。
思わずくすっとしてしまうような、優しいやり取りでした。
そして、ピックも同封されていて……。
(ピックが2つになったので、ひとつはイギーの大ファンだった友人にプレゼントしました。)
お礼の手紙を送ると、また返事、
さらにもう一度書くと、また返事が。
気がつけば、3通のエアメールのやり取りになっていた。
あの時間は、今思い返しても少し夢のように感じます。イギーと文通してる〜なんて(笑)。


———その後、鋤田事務所をお手伝いするようになり、鋤田さんやヤッコさんから、イギーのさまざまなエピソードを聞くようになりました。
1977年。『The Idiot』のプロモーションで、デヴィッドとココと3人で来日したイギー。
鋤田さんのオファーで実現した撮影は、イギー1時間、デヴィッド1時間というスケジュール。
撮影当日、約束の時間になってもスタジオに現れないイギー。心配していると、しばらくして現れた彼は、少し得意げに、
「浅草でこれを買ってきた」
足元には、下駄。
飛行機の中で『男はつらいよ』を観て感激し、どうしても欲しくなって浅草まで買いに行ったのだという。その行動も、なんだかイギーらしいなと。
その後の撮影では、イギーの撮影中にデヴィッドが冗談を言い、デヴィッドの撮影中にイギーが茶化す。スタジオには、終始やわらかい空気と笑顔が溢れていたそうです。
———滞在中、宿泊先のホテルで偶然開かれていたお茶会にも、イギーとココは参加。デヴィッドも誘ったけど、前日の夜遊びのせいか?起きてこなかったとのこと。
後でイギーやココから話を聞いたデヴィッドは、出席できなかったことをとても残念がっていたそう。
お茶会では、イギーはきちんとネクタイを締め、黒いズボンに真っ白なワイシャツ姿で、畳の上にきちんと正座していたという。

そして、会の終わりに——主催のご高齢の女性に、「あなたは美しい」
と伝えたそうで、その一言と、その光景が、とても印象に残っていると、鋤田さんは話していました。
———この来日時、原宿スタジオで撮影された写真は、後にデヴィッド・ボウイ『Heroes』、そしてイギー『Party』のジャケットに使われることになりました。
もともとジャケット用の撮影ではなかったため、後からそれぞれが写真を選んだ形だったそうです。
「僕が撮りたいと思ってオファーしたから、経費は全部自腹(笑)。でも2時間で2人撮って、後に2枚のアルバムジャケットになって、『Heroes』のジャケットに至っては、(『The Next Day』として)2回も使われたから…コスパいいよね(笑)」
鋤田さんは、そんなふうに笑いながら話していて、トークイベントの鉄板のネタにしています。
そして、もしこのとき、二人がベルリンから日本に来ていなかったら——『Heroes』と『Party』のジャケット写真は、まったく違うものになっていたかもしれない。
そう思うと、不思議な縁や、タイミング、運命のようなものを感じます。
———その後も鋤田さんは国内外でイギーを撮影していて、私も2013年、韓国のフェスに参加したイギーを撮るために渡韓する鋤田さんに同行させていただき、撮影やスタイリングの現場を間近で見せていただいた。
あの時間もまた、かけがえのない記憶のひとつになっています。
———HAPPY BIRTHDAY, IGGY.
変わらず元気でいてくれていることが、ただ嬉しい。
あの手紙の続きみたいに、
またどこかで、言葉を交わせたらいいなと思っています。
あの頃の続きのように。


