『空は嫌いで空は好き。』
『空』
この一文字を見て人は何を思うんだろうか。
上を向くのかな。
いろいろな青を思い浮かべるのかな。
それとも…
□□)おはよう。
『…おはよう。』
何気なく交わす挨拶。
でも、顔なんて見てやしない。
だってこの人もまた『空』だから。
真っ青なキャンパスに、まるで個性的な塗り残しかと思わせるようなわたあめ。
うん。我ながらいい表現かもしれない。
やっぱり『空』は好きだ。
なのに…
なんで人は『空』に『空』の意味を持たせたんだろう。
××)よーし。授業始めるぞー。
少し高い台に登り話すあの人の上にも、『空』の文字が見える。
皆が『空』なのか。
それとも私が『空』なのか。
答えなんて分かるわけもなく…
「あーすか。また外見てるの?」
わざわざ振り向いてまで私に話しかけてくれるこの子には『空』の文字が見えない。
『外じゃないよ。空を見てるの。』
「つまり外でしょ?」
『そうだけど…』
相変わらず自分の意見をしっかり言ってくる彼女には、変な気も使わなくていいので話してて居心地がいい。
「ねえねえ。今日も一緒にご飯食べ…」
△△)未央奈。お昼一緒に食べようよ。
また『空』が見えちゃった…
「う~ん…」
別に構わない。
『空』を見続けるくらいなら、私は一人で『空』を見てい…
「私はいいや。
ごめんね。誘ってくれたのに。」
『…』
△△)ううん。
全然大丈夫だよ。
未央奈から『空』の文字が離れていく。
そんなことより…
『いいの?断っちゃって。』
「ん?だって飛鳥嫌そうだったし。」
そんなに顔に出てたんだ…
今度から気を付けなきゃ…
いや、それより…
『別に未央奈の好きにしなよ。
私は一人で…』
「じゃあ私は好きで飛鳥と一緒にいる。」
そう言う彼女は確かに微笑みを浮かべていた。
『綺麗…』
「ん?何か言った?」
彼女の言うとおり、私は案外分かりやすいのかもしれない。
普段は冷静な顔つき。
たまに知ったかぶったような得意気な顔つき。
お腹が減っていると不機嫌な顔つき。
そして…
私にたまに向けてくれる優しい顔つき。
本当にコロコロ変わって…
あ。
『空…みたいだね。』
曇ったかと思えば雨が降り。
雨が降ったかと思えば晴れ渡る。
そんな風にコロコロ変わる空模様のように。
「私が?」
『うん。』
「…飛鳥にとってそうなれたらいいな。」
どういう意味だろう。
いや…意味なんてないのかな。
そういう子だし。
ーーー
もはや見慣れた通学路も『空』の手にかかれば、その時々でいろいろな表情を見せてくれる。
例えば今は…
「飛鳥はなんで他の人と話したりしないの?」
夕立のように唐突に話しかけてくるな。
やっぱり『空』みたい。
『話してるよ。
今朝もおはようって言ったし。』
「それはただの社交辞令でしょ?」
うん。否定はしない。
「じゃなくて。
他の人と関わりを持とうとしないの?」
『…』
…もういいかな。
変に思われたって一人に戻るだけだし…
『空が見えるから…』
文字にしたらたった7文字。
そんな言葉を発するだけなのに、こんなにも鼓動が早くなる。
あなたが『空』じゃないから?
それともあなたが『空』みたいだから?
「空って…空箱とかの空?」
首を縦に振るが、前を向くことは出来ない。
私が臆病になったから?
それともあなたが…
「よく分かんない。詳しく教えてよ。」
あなたらしい言葉に、少しだけ安心感を覚えてしまう自分がいる。
『他人を見ると同時に空の文字が見えるの…
私は空が好き。だけど空は嫌い。』
「だから人と関わりたくない。
空を見たくないから。ってこと?」
『うん…』
「ちなみに写真とか絵の空は好きなの?」
『嫌いじゃないけど…
好きとは違うかも。』
自分で話してて何を言っているんだろうって思う。
でも本当のことだから。
分かってもらおうなんて…
「私は?」
『え?』
本当に突拍子もない人だ。
「だから。
私にも空の文字が見えるの?」
『ううん。』
見えてたらこんなに一緒にいないし。
でも…なんで未央奈には見えないんだろう。
「そっか…」
未央奈の表情はどこか春の日差しのようになっていた。
「多分だけど…
空って可能性なんじゃないかな。」
『可能性?』
全く意味が分からない。
たまに知ったかぶりで意味の分からないことを言うことはあるけど…
「確かに、空ってことは中身がないってことだから、あんまいい気はしないけど。」
『よく分かってるじゃん。』
「でも逆を返せば、何でも入れられるってことでしょ?」
『…』
いま私はどんな表情をしているのだろうか。
ひとつ言えることは、広大な青いキャンパスのような表情ではないと言うことだろう。
「飛鳥はさ。
自分が思ってる以上に人が好きで、人に期待しているんだよ。」
『…私が?』
「うん。
でも、恐いんだろうね。」
『恐い?』
「そう。恐い。
可能性は確かめなければ永遠に存在し続ける。
でも確証を持ってしまえば良くも悪くも可能性は消えちゃうでしょ?」
『…』
「空だってそうでしょ?」
「写真や絵の空は好きじゃない。
それって近すぎるからじゃない?
手を伸ばせば届いちゃう。変化もしない。
それはつまり、可能性が0ってことでしょ?」
考えもしなかった。
私は人の可能性に…
『人に可能性を感じている…
なのに関わろうとはしない…
自分で言っててあれだけど…』
「いいんじゃない?それでも。」
そういうあなたの顔は、後ろに写る綺麗な夕陽のようにどこか赤く染まっていた
「私には見えないんでしょ?」
『うん。』
「それに…
私は空みたいなんでしょ?」
『うん。』
「ならいい。」
未央奈の言葉がよく分からない。
何を確かめて、何が良かったんだろう。
『詳しく教えてよ。』
正当な権利を主張しよう。
「う~ん…
飛鳥は、さっきの話をするのに勇気だした?」
勇気?何のことだろうか…
『まあ…多少は…
変なやつって嫌われる可能性もあっただろうし…』
「そっかそっか。
じゃあ私もだすよ。勇気。」
なるほど。
未央奈のさっきの話しは間違っている箇所がある。
こんなに近くにいるのに全く届きやしないし、あなたはいつも変わってるもん。
「ちょっと目をつむって。」
道端で目をつむって立ってるのも…
いや、我慢しよう。
言ったら聞かないやつだし。
『はい。つむった。』
いったい何が待って…
…
当たり前のように咄嗟に目を開く。
まるで思考が停止したかのように棒立ちになる。
いや…正確に言えば思考を『奪われた』のだろう。
分かっていることは二つ。
一つ目は、私の顔は…いや…
体全体があの夕陽なんかとは比較にならないほど赤くなっていること。
そして二つ目は…
唇を通して清涼飲料の香りが鼻をくすぐっていること。
「…しちゃった。」
『…』
言葉がでない。
悪ふざけでこんなことをする子じゃないことは私自身がよく知ってる。
『なんで…』
「ん?学校で言ったじゃん。
好きで飛鳥と一緒にいるって。」
『それこそ社交辞令だと…』
「飛鳥。」
目を反らそうと思えば反らせる。
この場から逃げようとすれば逃げられる。
それでも行動を起こさない…
起こせないのではなく、『起こさない。』
あぁそっか。
私の中の雲が晴れる気がした。
「私はまだ…
飛鳥にとって『空』になれているかな?」
ーーー
□□)おはよう。
『おはよう。
昨日は宿題見せてくれてありがとね。』
□□)いえいえ。
貸し1だからね。
『覚えておくよ。』
季節の変わり目だからだろうか。
最近は空がコロコロと表情を変えていく。
そんな私にも変わったことが二つある。
一つ目は…
△△)飛鳥。
今日も一緒にご飯食べようよ。
『うん。未央奈にも言っておく。』
『空』が見えなくなったこと。
でも別に、可能性を捨てたわけじゃない。
二つ目は…
「おはよう。」
『おはよう。』
私にはこの『空』だけで十分だということ。
END
