妄想日報 8月4日「ヤン・ヨーステン」
8:47出勤。
午前の就業を終える直前、電話による問い合わせを終えた次長。その通話相手だった役所のご担当のかたの印象が
「すっごく親切で丁寧なんだけどさ。きっと20代くらいのお若いかた?ふとした言葉遣いだけがねえ。『なるほどですー』の連呼とか。わたし、アレ違和感あるんだよなあ」
たしかに近ごろよく耳につくようになった「なるほどですー」の言い回し。マ、マ変っちゃあ変。だが、言葉ってそうした変な発展を遂げるものだしなあとも思う。次長のほうは
「まあね。そこの寛容さは人それぞれなんだけどさ。わたしも『あけおめ』とか『ことよろ』とか言うけど、さすがに仕事の場では言わないよお」との意見。
「ソウデスカ?ワタシ『ナルホドですー』って思いマスし、言うとりマスよ!」
と声をかけてきたのは、自席のチューリップ型木製オブジェが皆の心を和ますお隣の課のヨーステン主任。「ヤンさん」「ヤンさん」と愛される、そのホリの深いお顔いっぱいの笑みを湛えて
「ワタシ、日本語も、かつソノ発展も好きですヨ。ナニヲ隠そう、リーフデ号でやって来た際、幕府に『お雇い外国人』としてメシアゲられましテン。ソノ時分から、えっらいモウ日本語は好きでしテン!」
と、たまにいらっしゃるキテレツな日本語の使い手の外国人ぶりを発揮。そんな主任の話すこれまでのご自身の「越し方」は
「ワタシ、日本で妻をメトリ、ソンデモッテ、イマの東京駅の八重洲アタリに邸宅をカマエましテン。だから、あのあたりワタシの名前にチナンデ『八重洲』って言いますネン。ご存知ナイか?」
といった、トンデモ日本語ながらも興味深きお話。引き続きその詳細は
「『ヤン・ヨーステン』これワタシです。これが『八重洲』に発展しますネン。
要するに、ヤンヨーステン、ヤヨウステン、ヤヨウス、ヤエース、ヤエスっす」
聞いていた皆が「え⁈そんなことって…」と、そのあまりに詐術的な言葉の変化の過程に動揺を隠せない。あまりに訛りすぎ、略しすぎ、崩しすぎ。どこか軽薄に過ぎる変化というか。シランケド。
だが、そこは幾多の敏腕詐欺師のように、聴き手の疑念の解消のための手筈も、すっかり怠りないヨーステン主任
「ワカリマス!皆さん『ヤエスぅ?ヤンヨースぅ?ほなら【ヤンヨーステン】の【テン】どこ行っテン?』
ソナイ思ってはりますデショウ?これは、なんやかんやあって、あっちゃこっちゃいって、結句なくなりましテン。
でもね、皆さんお探しの『ヤンヨーステン』、これ実のトコロ『八重洲店』に生きとりマス!『八重洲店』ほら『ヤンヨーステン』!
つまり『卵と私【ヤンヨーステン】』やら『目利きの銀次【ヤンヨーステン】』。こないなとこに『ヤンヨーステン』がいっさいガッサイ存命でオマス!」
その主任の悪達者な話しぶりもあいまって、かえって軽薄な言葉の変化にいっそうの嫌悪感すら覚え始めた一同。そこへ、軽薄さでは負けないウチの部長が通勤カバンを抱えてやって来て
「あ、わたし今日こそ午後は家の用事。これで帰るからね。じゃ次長、アレよろしくね。ヤンさんもみんなもおねしゃす!おねしゃす、おねしゃす、おねしゃす!おつです!おつです、おつです、おつでーっす!」
と、さも気分良さげに退社した。
表情ひとつ変えない次長が
「軽薄で草ー」と言ってデスクの用紙が持ち上がるほど鼻で笑った。
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