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妄想日報 8月18日「自由律」

8:48出勤。
今年の6月に姪っ子さんのご結婚式に参列した次長。その披露宴での祝辞のスピーチには、新郎新婦の職場の上司のかたがご登壇。よくあるハナシ、中にはとりわけお話の長いかたもいらしたようで。
「この間、姪っ子と一緒に買い物してたら、バッタリそのかたとお会いして。マアーなんてご挨拶してお礼言ったら、そこからのハナシもまた長い長い!ああいうヒトって、スピーチも普段のハナシも長いんだね」
すると、話を聞いていたウチの部長がいかにもネタあるぞーという顔つきで入ってきて
「いや、わたしの披露宴さ、家内もアレだし、ほぼウチの会社のメンツだったのよね」
部長の奥様はもともと当社にご在籍。いわゆる「寿退社」をなされたが、上司の覚えもめでたい若手同士の社内結婚ということもあり、式典には当時のお偉方中心にソウソウたるご参列がなされたそうで。
「もう悩みの種がそのかたがたのスピーチ!全員の顔も立てるとかなりの人数になるし、それに普段から話の長い人ばっか。始まる前から、コリャ長丁場んなるぞーって家内とビクビクしてたから!」
それは新郎新婦に限らず、ご参加のかたの共通の懸念。気を利かせた司会役のかたから、当日はアトがつかえておりますもので、と内々に言いふくめてはみたものの。
「トップバッターは当時のわたしの直属の上司、柿本人麻呂さん。通常は五七五七七で終わるはずじゃない?『短歌』なんだからサ。
ところが『長歌』なんてのやられちゃって、すでにハナから想定の時間の3倍以上!これだけで、あしびきの山鳥の尾っぽみたいに長い長い!」
次いで、ご登壇されたのが唐の李白やら杜甫やらいう上役のかたがた。ここでも『絶句』では済まぬ『律詩』の数々をご披露に及ばれる。より長い形式で技巧を尽くされ、複雑に繊細にご心情を表現なされたスピーチ。
さらに、そこから楚の屈原の『離層』、ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』、インド神話の『マハーバーラタ』といった、当時の役員おのおのの「長大な叙事詩」的な伝説級の主賓スピーチが代わる代わる、延々とご披露されるという乾杯前の耐久戦。会場中が、それこそ皿のフォアグラのポワレも含めて、もろともに干上がり虫の息となるアリサマ。
「そんなこんなで、乾杯の挨拶に登場したのが、家内の友人代表とわたしの友人代表一名ずつね。もうサ、全員がすがるような目でソノ二人を見てるワケ。
そしたら、家内のほうの友人の尾崎さんてかたがマイクをとるや
『咳をしても一人 以上』
わたしの友人の種田ってのが
『分け入つても分け入つても青い山 以上』
二人で『かんぱーい!』なんて声を合わせて。いやあ、あんときのみんなの安堵した顔と割れんばかりの歓声!わたしの上司の名前は忘れても、尾崎放哉と種田山頭火って名前だけは後々までみんなが覚えてたよねえ!あの短さ、大助かりだったナア」
なんだかコチラまで長いスピーチを聞かされヘトヘトになった気分。そのため「スピーチはなんでもいいから、もう短いに限るよね!」と言う次長と二人、そのご友人たちの自由律なスピーチに時を超えて拍手喝采する。
退社時刻になってから、やけに神妙な顔つきになってコチラに身を乗り出した次長が
「いや、それよりサ、あの『咳をしても一人』って祝辞?『分け入っても分け入っても』山がナントカ⁈
やっぱり、いくら短いからって『一人』って言葉はダメじゃない?それに『分ける』とか『別れる』とか縁起でもない!おめでたい席で、ああいう言葉はだめだめだめ!」
と、長いスピーチ疲れによる思考停止がほどけて、ようやく伝統的な定型のダメ出しをした。

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