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(短編小説)「二十世紀の二十四節気」

 例年、こうして立春の節気の過ぎる頃おいともなると、どうも私のお尻のほうがしきりとむずむずし始める。どこにいようと、まるで一刻の猶予もならんといったような、むやみに尻をからげてその場から逃げ出したいような心持ちに襲われるのである。
 家内ともども心待ちにしている定例のオーケストラコンサート、政権与党との懇親の立食パーティ、旧友たちとのざっかけない午餐の場。ときとて選ばず、こちらもお相手もいよいよ興の乗ってきた折から「いや、まことに不躾申し上げますが、ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃあ」とひとえに慇懃なるお断りをば残し、たちどころに速やかなる退席のしだい。残された者は大に困惑、はたまた大に呆れ顔だ。
 先日などは、かねて馴染みの散髪屋のカットの半ばにてこの尻のむずむずが始まってしまったものだからたまらない。髭剃り最中、もともと乏しい頭髪のうえ、口まわりにうんとたくわえたしゃぼんヒゲにポンチョ姿の出たちのまま、あたかも床屋の失火で焼け出されたかのごとく、店先の三色ポールを突き倒しながらの無体な退店。おかげで、学童の下校時、通学路にて不審な白ヒゲの「大てるてる坊主」出没ナリとご近所の父兄を大いに慄かせるに及んだ。むろん散髪の仕上げも行き届かず、それ以来、貧な頭の前から後ろから、どうも左右ちんばのままなのである。
 こうした毎年の、立春過ぎの体たらく。そのワケはというに、こればかりは本来やたらとむずかる尻の奴めにこそ問わねばなるまい。だがじつのところは、尻の奴めに問わずとも私のほうでこれ万事心得たものだからどうにも呆れる。
 かようなわけで、ここはひとつ私から、この立春恒例のいかさまだらしのない尻のむずむずなる一件につき、このとおり申し開きをさしあげたい。
 ことの起こりは、少年時代に遡る。
 ひとたび目を瞑れば、あの頃の学園の古びた木造校舎、軋む廊下を踏む足の運びや白地の上履きを彩る青や赤、ご学友たちの懐かしい面立ちや佇まいが甦ってくる。学科終了の鐘が鳴っていち早く教室を飛び出だしたる坊主頭の私をば、ほら早くも後ろから追い抜かんとしてくるはご学友の中のご学友しゅんブウだ。
 「待たれ待たれい!暫く暫くぅ!」
 「しゅんブウよ!お前さんの左様な足さばきで、マサカおいらの錦を泣きの涙のひねもすのたりのたりとでもコレ云ふのカナ?」
 「やい、ケイちっち。云はせておけば!うぬのほうこそ、たらちねの葦のもがりのぬばたまの、カカァ天下のからっかぜぜよ!」
 「なにををっ!春風駘蕩!どりゃあああー!」
 「ふんっ!平身低頭、憚りながら!いっけえええーっ!」
 廊下の先の教室からつぎつぎ飛び出てくるお仲間たち、そのつぶてを避けてかわして、小回り上等小柄な私と、身軽な太っちょのしゅんブウは、将棋の桂馬のごとく軽やかに翔んでは跳ねて疾駆するのである。
 そんな快き韋駄天ぶりもつかの間、行く手にやおら胸を突き出し、大きな図体に物を言わせて立ちはだかるは学年一の悪童、悪たれ、悪太郎の剛田なる生徒だ。
 「やい、おまえら。この剛田立春(りっしゅん)さまにご挨拶もナシにずらかろうなんて、まこと不届きな節気どもじゃねえか!」
 「ほいサ、りっしょんの言うとおりだぜ!てめえら、でぶの春分(しゅんぶん)に、ちびの啓蟄(けいちつ)のくせに生意気だぞ!」
 そばから、いつもの調子で大将の取り巻き小僧、骨川雨水(うすい)もしゃしゃっておいでだ。これに威勢を得ての悪大将の立春がもひとつのたまう。
 「オレさまの暦のうえを調子ンのって駆けまわりやがって。おまえらの季節感が二度と太陽暦と足並みそろわねえように、今日こそギッタギタにのしてやる」
 かような、いまの時代にはとてもそぐわぬ、血なまぐさい啖呵はいったんさておき。
 このように、当時は生まれてくる子の名前として、二十四節気(にじゅうしせっき)のうちからひとつ見繕ってくるご家庭が、よほど少なくなってはいたものの、それでもいまだ残存していたのである。それで言うと、私としゅんブウは、お互いそんな「節気どうし」とでも言うべき名前の結びつきでもってその親交を深めていた。その反対に、同じ「節気どうし」なだけに、かえって憎しという心持ちがどうもさきの悪大将の立春の胸中などには湧き上がってくるらしい。
 こうした名付けの流儀といえば、私たちよりつい前の世代まではごくごく当たり前の習わしだった。学級名簿にはそれこそ、田中「春分」や佐藤「秋分」、高橋「夏至」に長野「冬至」、長谷川「芒種(ぼうしゅ)」から小田切「霜降(そうこう)」といった四季のうつろう匂いやかな名前がさまざま散見されたものと聞く。だがそれも我々のころには、いよいよもって「一郎」「二郎」や、「太郎」「次郎」といった少々味気ない名前たちに取って変わられようとしていた。旧き町名と行政上の住居表示の関係しかり、そういった風情ある昔気質のものは、いつしか利便性・簡便性といったものに取って代わられるのが宿命とも言える。
 そもそも二十四節気とは、紀元前三百年もの昔に、中国の戦国時代に発明された季節の区分法である。一年を春夏秋冬と四等分したうえで、この一つの季節をさらに六つずつに分かつ。太陽の動きに着目し、そのお天道様の通り道である黄道(こうどう)を360度として、これを15度ずつに区切ったものとも考えられる。こうして二十四節気は、我々の暮らしを太陽の運行と共に送らんとするための暦として、土を耕す生活に根差した農事暦として、長らく親しまれ用いられてきた。
 ちなみに、私の名前は父と母により啓蟄の夜に仕込まれた子であるからして「啓蟄」、しゅんブウはしゅんブウのご両親により春分の寝屋にて子作りされたゆえに「春分」となる。そんなぐあいに、当時の子からは、その名を見ればそのふた親の「まぐわい」の、「交配」の、「ちょめちょめ」の、おおよその時季や日にちまでうかがい知ることができた。いわば名付けによる製造年月日の銘記。こんなところも、商品作物の流通までを織り込んだ、いかにも農事暦的な発想だ。
 かような具合に、私たちの暮らしと密接に結ばれし、かつての二十四節気。 
 我が家にかぎらず、元日からテレビの前に集いたる家族のお目当ては、なんと言っても新春の演芸の催しであった。そのなかで、群を抜いて待ち侘びたるは「未来」から仕入れた「超絶幻術(ハイパーイリュージョン)」を扱うと謳う二人組の芸人だ。瓶のコーラをひと息に呷り、おくびを出さずに二十四節気をいちどに唱えるといった目出度き芸事を披露する。
 「さんはい!」「りっしゅん、うすい、けいちつ、しゅんぶん…ゲフウッ!」
 「アーッ!」とテレビを前に、家族一同から落胆の声があがる。
 だが、この失敗さえも慶事のうちだ。二十四節気が一度にすべて唱えられれば、むろん来たる幸いの先ぶれ。唱えられねば、ここで一年ぶんの先もった厄落としといった意味合いとなる。テレビのなかでは、改めて二人組の片方がコーラを一本勢いよろしく呷り終えた。
 「もといもとい。この顔をご覧なさい。今度こそ彼はやりますよ。必ずやってご覧にいれます。サア、準備が整いました。よろしいでしょうか?…さんはい!」「りっしゅん、うすい、けいちつ…ゲフウッ!」
 こうした教養ある芳しい芸の伝統も、いつしかすっかり絶えてしまった。残ったのは二十世紀は遠くなりにけり、昔は遠くなりにけりといった慨嘆と、彼らのゲップの残響だけである。
 だが、あの年頭に、私の厄はあれで本当に綺麗サッパリ落ちたのかしらん。その年にかぎって、私はおりおりそんなふうにうたぐらざるをえなかった。その理由は、先に述べたるあの連中の日ごろの仕業のためである。
 下校時に、悪大将にかしずく子分、雨水の小僧のやつが意地の悪い顔してまかり来る。コヤツは皆の知るところの、学校一の富裕の家の子息でござる。
 「やあ、昨晩の『21世紀 未来マン』の放送みたかい?こんど『未来マン』が後楽園遊園地に来るんだよ。ボクのパパが株主優待で握手券をもらったんだ。それで、りっしょんや立夏(りっか)ちゃんなんかも一緒に来たいって。どうせチミたちも来たいんだろオ?あれえ、いっけね!ちびの啓蟄とでぶの春分のチケットだけ、たまたま数が足らないや」
 私としゅんブウはひどくがっかりする。
 おまけに、立春の悪大将のほうからはこんなお達しだ。
 「やい!ちびの啓蟄とでぶの春分よ、がっかりするない。こんど、埋め合わせに、いつもの空き地でオレさまのリサイタルをするからよお!そっちに特別に招待してやろう。うはは。そんなに遠慮すんな。いいってことよ!オレの『暦の友』のために、どーんと二十一世紀まで年間プレミア・シートを押さえとくからありがたく思え」
 私としゅんブウは、いつにも増してとぼとぼと下校した。ついでにこの日の私ときたら、こともあろうに授業中にマンガ本にご執心、担当教諭の大寒(だいかん)先生に見つかって極寒の大目玉を喰っていた。
 「ばかもん!この虫ケラ坊主め。きみの名前の啓蟄が聞いて呆れる。いつまでも土ん中で眠りほうけているんぢゃないか。んん?『天才少年みらい君』だって?うちの天才少年は、このぶんじゃ未来が来たところで、進歩も知らずに眠ったまんまだなっ」
 教室の皆がいっせいに笑った。大好きな立夏ちゃんまでが「なかなかうまいっ!」と言って笑った。学年一の秀才の白露(はくろ)くんは「言うと思ったー!」と言って笑った。私は罰としてマンガ本を没収、廊下に立たされ、グラウンドを10週させられた。宿題が倍になり、来月からの給食費まで倍になった。保健室の医療費も3割負担から5割負担になった。
 「ちえーっ。つまんないの。来月から給食ふたりぶんお代わりしてやるゥ。足ぐねったって保健室なんて行かないよオ。宿題なんてやるもんかア!」
 私はふてくされて言った。しゅんブウは黙って聞いていた。こういうときの友達は、うっかり泣き出すのをとどめてくれるだけまことにありがたい。
 「やだやだやだ、いやだあい!アー、早く未来になんないかなあ。未来になったら、きっと人類のこんなつまらない悩みなんて一切合財みーんななくなるんだから」
 「でもサア、ケイちっち。宿題だけはちゃんとやったほうがいいよオ」
 しゅんブウは河川敷のキャッチボール風景に気を取られたフリをしながら言った。彼なりに、私の依怙地と、その及ぼすところを精一杯心配してくれたものと見える。それでも素直になれないところが私の困った性分だ。
 「やらないよお!…だって、やりたくったって、お尻に火がつかないじゃないかあ」
 「うーん。じゃあお尻に火がつきさえすればいいのかあ…」
 と、しゅんブウはしばし思案顔。それから
 「おしり火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)〜!」
 そう言って後刻、しゅんブウの家のガレヰジから持ち出してきたるは、お得意のいつもながらに面妖なお手製器具である。時代劇の捕物でしか目にしない十手がメトロノームの上にくっついている見てくれは、なかなかに珍妙だ。何を隠そうこのしゅんブウ、のちに発明王として有名を馳せて地方自治体の首長選に立候補するまでに至る大人物なのである。
 「コイツはねえ、未来の道具なんだ。ほら、見てごらん。ここの十手がこうしてメトロノームのように左右に揺れて規則的に時を刻むんだ。カッチッ、カッチッ…。この『カッチッ、カッチッ』を見ているうちに、きみのお尻にも火がつくってわけ。マア、一種の未来の催眠術だね。ソラ、もう早速、眠くなってきただろう?」
 私はみごとに意識が薄らいでゆくのを感じた。
 「この『おしり火付盗賊改』は、尻に火をつけるだけじゃない。このピッチの速い遅いによって、火付の加減を改められもするからこそのネイミングなんだよ…」
 そんなしゅんブウの言葉は、すでに私の耳まで届くものの頭のなかまで入ってこなかった。
 「よし!ケイちっち、御用だ御用だア!」
 パチインと打ち鳴らした手と、その言葉とで私の頭は俄かに醒めた。
 「気分はどうだい?」としゅんブウ。
 「うん。そんなことより、こうしちゃいらんない。すぐに宿題を片づけなくっちゃ!」
 私は無心に答えていた。
 その後、私の勉学の成績はたちどころに向上した。とにかく常から尻に火がついているありさま。おかげですべてが好調で、大寒先生からも一目置かれる、秀才の白露くんはやたら苦々しげ、立夏ちゃんとの仲は周りの級友から「アー、まったくこの季節なのに大暑(たいしょ)、大暑!」と言われるくらいにアツアツだった。
 こうなると、とりわけ面白くないのは例の立春たちである。
 雨水のほうも、大将からの言い付けなのか、しょっちゅうせっせとこちらの偵察にお越しだ。
 「な、なあ、啓蟄くん。チミはなんだ?…さいきん、その、進研ゼミでも始めたのかい?」
 節分が終わり、時はちょうど立春の頃、私としゅんブウはいつもの空き地で焚き火をしていた。このあたり、まだよほどおおらかな時代だった。いましがたご近所のお宅のお手伝いのお陰をもって、どっさりと頂いたお芋の山をここでつれづれに焼いていたのである。
 そこへ矢庭に現れたるは、またしても厄介者の愚連隊、立春と雨水だった。
 「やいやい、お前たち!オレさまの暦のうえで、勝手に飲み食いしやがって。ソイツをひとつよこせ。いいか?オレさまがいなかった日にゃあな、豆まきの『節分』もウナギの『土用』も、夏も近づく『八十八夜』だって、みーんな始まらないんだからな。ああいうのはみんな、オレさまから勘定するんだ。おうおう。わかってりゃあいいんだ、わかってりゃあ」
 焼きたての芋を差し出すと、立春の悪大将は気分を良くしてハフハフと喰らい付きだした。そこへ、子分の雨水がなにか実にいやな企み顔で耳打ちをする。芋を頬張りながら、心なしかニヤリと笑った悪大将の横顔が見えた。
 「おっほん!ところで諸君。諸君はなにかオレさまに隠しているものがあるな?さいきんどうも、お前たちの学校での成績が良すぎると思ったんだ。やい、でぶの春分、その尻に火をつけるって道具をいますぐここへ出せ!」
 逃げようとした私としゅんブウは他愛もなく引き倒され、足腰も立たぬほど「ぎったぎた」にのされた。こんな足腰じゃ、私もしゅんブウも旧来二月のはずの到来がいまの暦のうえではひと月ほども遅れてしまう。
 立春は仰向けに倒れたしゅんブウのうえにかがみ込み、目の色を変えて例の道具の捜索にかかった。しゅんブウの尻のぽっけを物色に及び、しゅんブウの肥えた身体の下敷きになっているそれをうんしょうんしょと引っ張りだした。
 無念の只中にある私が、地べたに這いつくばって歯噛みをしている、そのときだった。
 「あっ!りっしょん!りっしょんのお尻が燃えてるよ!」
 雨水が叫んだとおり、焚き火の上に尻を突き出すかたちで、無我夢中にしゅんブウから強奪を働いていた立春のズボンのお尻に火が燃え移ったのだった。
 「うわあーい!」と叫ぶと、食したお芋のせいか勢い余った放屁をバブリと一発、物凄い速度で立春は駆け出していった。河川敷のほうまで急行し、水辺で消火の心づもりやもしれぬ。
 「すごいなあ。『尻に火をつける』ってんで、自前でお尻にほんとうに火をつけたよ!オナラでうんとターボもかけて、アリャア未来の人間ロケットだね。あの足の速さじゃ、『八十八夜』も『二百十日』も、今年はすぐにやってきちまうな」
 淀みなくうまいこと言ったのは、いずれお調子の良い雨水のやつだ。
 おあともよろしく、こうしたわけで私のお尻はいまだに立春の頃ともなるとむずむずと蠢きだすというわけなのである。
 つまるところ、私のなかには、しゅんブウの道具による催眠がいまだ解けずに幾らか残り、それが立春の候の到来をきっかけに、あの悪大将の例の光景の追憶とともにむくりと頭をもたげるのではなかろうか、そうつねづね勘繰っている。もっとも、大人になったしゅんブウは「いや君ね、あの道具はそもそもからしてマガイモンだよ。アリャア、ほんのプラシーボ効果さね」などぬけぬけと白状し、軽くこちらをあしらいにかかる。マガイモンだろうとなんだろうと、立春を迎えた私のお尻はあの頃から毎年こんなザマを繰り返しているのだから始末が悪い。
 そうだ。その点では、考えようによっては、あの頃といまとではおおよそなにも変わっていない。変わったことがあるとすれば、あんなに親しかった二十四節気がいまの私の生活、私たちの生活からは、こうしてすっかり遠のいてしまったことだ。そうして、なおかつ二十一世紀以後の「未来」と呼んでいたものまでも、仲良く遠のいてしまったこと。
 あの頃の私たちは、「未来」とはすなわち二十一世紀のことなのだと思っていた。それに「未来」とは未だずっとずっと先にあり、けっしてやすやすとは到来せぬものだと思っていた。それこそウサン臭く、ケレン味に溢れた、まるで見せもの小屋のごとくぎらぎらと輝いて私たちを魅了しつづけた、怪しげな「未来」。それを持て扱うおおかたの映画、文学、漫画のなかでも、二十一世紀とは想像力の最果ての、見果てぬ「未来」だったのである。
 そんな私たちが何の気なしに二十一世紀に到着したとき、私たちは二十一世紀の「未来」への空想も、二十四節気の過去からの親しみも、ともに手放したのだといまにして思う。私たちがこの二十一世紀に入場するとき、きっと私たちはそんな「未来」の持ち込みも過去の持ち込みもならず、それらを会場の外に置き去りにしたのである。
 だがそうだとて、それもまた是非ないことだ。案外、眩しい光の「未来」もない、親しい灯の過去もない、のっぺりした蛍光灯のような明るさのもとで過ごす、かつての私たちの待ち望んだはずのいまこの「未来」も、悪いものではないらしい。もう余生もさして長くはなかろう私は、近ごろとみにそう思う。
 宅のテレビではもうすっかり他人行儀になってしまった立春の、その到来にまつわるニュースが流れている。おっと、そうこうしているうちに私のお尻もまたぞろムズムズし始めた。
 というわけで、ここらで不躾ながらお暇を申し上げまして。もしもご縁がおありなら、どこかでばったりお会いしましょう。ではまことに恐れながら。いずれまた、ついおちかくの、みなさま最寄の「未来」にて。
                 了
 
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