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妄想日報 8月21日「ナポレオン戦争」

8:48出勤。
今週末にお子さんを連れ、映画鑑賞の予定のナオさん。昼休憩時、自身のスマホにてチケットの予約をつつがなく完了。改めて、映画館の座席表を示して尋ねてくるは
「ねえねえ、いつもどこ座る?」
ちなみにご本人は「ぜったい隅っこ!わたし、隅っこなら隅っこほどおちつくんです」とご性格そのままのすみっコぐらしぶりを発揮。
ユミさんは「おトイレのある出口に近い、出やすいほうの廊下側かなあ」、次長は「ダンゼン後列の真んなかあたりでポップコーンだな」と皆の性格によりその陣取りも様々。
自分にしても、スクリーンの位置は二の次、あまり人が隣に来ない前列または端っこのほうを選ぶかなあと申告していると
「なるほど、なるほど!皆さんのご軍略、しかとお聞き届けいたしましたよ」
と言いつつ、缶コーヒー片手に参戦したるは総務のボナパルト主任。いまや会員の乏しい社内のモノポリー・サークルで、ほぼ独裁的に腕を奮うその暴れん坊ナポレオン将軍のご意見は
「陣取りの要諦は、まずもってその目的をいかに定めるかですよね。皆様で言うところの快適さ、トイレへの動線、享楽、自衛!
わたしなら、隣席へ他人が来ない、かつ、スクリーンを正面から観る、この二つの目的を最優先にいたします。したがって、まいかい1列目の一番真ん中のシートにドスン!股をひらげて肘掛け二つを独り占めですね!」
「いいこと聞いたー!」とは当然ならないが、たしかに明確な目的と大胆な戦略。皆もやや呆れながらソノお考えには興味を抱く。缶コーヒーをちびちびすすりながらのソノ主任のお話。
「かの名高い『アウステルリッツの戦い』。我がフランス軍は、神聖ローマ帝国たるオーストリアおよびロシアの連合軍と会戦いたしました。わたしの知略がキレキレに発揮されたという意味でも、数ある『ナポレオン戦争』中の白眉とも言えるこの戦役。
なにが凄いって、このチェコの東部の戦場においてカナメとも言える『プラッツェン高地』、我輩はまず、この戦略的な要衝を大胆に敵軍に明け渡す行動に出たのです。その前には、あたかもコチラが弱っているかのような芝居をコイた幾度もの休戦の申し入れ。
これにすっかり油断して、迂闊な攻めに転じてきたアチラさんの隙をついて手薄になった『高地』を横合いから奪還。そのまま高地側と低地側より相手軍を挟み撃ち。ついでに、氷結した湖をツルツルと退却する彼らの足元を砲弾で一撃。馬もろとも冷たい水底へ沈めてやったのです!」
聞いていた皆がやや慄きながら「すごっ!」「ずるっ!」「こわっ!」といった三拍子の感想を漏らす。それらをどうも褒め言葉にしか受け取らない、大胆なご心性をお持ちの主任は
「不可欠なのは緻密なる戦略です。そして、それを行う強靭なる意思です。
先ほどの映画館の座席でも同様のこと。そうした目的でそこに陣取るからには、万がいち隣の席に来たる不届きものを防ぐための戦略と意思が共に不可欠なのです。わたしならソコで『ヤベー奴』を装い、上映直前までイカれたでかいメガネを着用。鼻に指を挿入したまま、別の手で股間を掻いてブツブツ喋ります。これで、だいたいは空いている別の席へ逃げていきますよ。
新幹線でもそうですね。自由席の窓際に陣取り、隣の席に人を座らせないようあらゆる変質者的な身振りを尽くします。ただコレ、窓際がおよそ埋まっていて通路側に座らざるを得ないときもありますよネエ。そんなときには良い方法があるんです。
用もないのにトレーを引き出したまま、腕を組んで眠ったフリ。これで、窓際のやつをトイレに行きづらくしてやるんです。この戦略により、東京発の名古屋あたりですっかり溜飲が下がりますよ!」
皆が恐れや感心も失い、ただただドン引き。もはや「やばっ!」としか言葉が出ない。こうなると、知略というより単に性格が悪いだけなのでは?ソウシタ疑問も凱旋門をくぐってやって来て、皆の前頭葉の真ん中のシートに陣取ってしまう。
と、そこへ「主任、主任」と慌ててやって来た総務の三年目のかた
「マリー・ルイーズのご担当者様にさっき送られたメール、あれお宛名ジョゼフィーヌ御中になってます!ちょっとお!もうコレ三回目でしょう⁈」
「ありゃりゃ!テンプレで…なんでかなあ?」と素っ頓狂な声を出し、ぺこぺこする主任。険しい部下の後ろ姿を子分のように慌てて追って、デスクの角に自らのももをドシンと打ちつけながら去っていく。
みんなが「…知略って、発揮される場面は様々なんだねえ」と言って、そのいかにも抜け目のある知将の去りぎわを少しだけ微笑ましく見送った。

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