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妄想日報 8月22日「道綱の母」

8:48出勤。
昼休憩時、テルさんがアズさんを頼りに何やらしきりに相談中。「何やら」と言えど、テルさんの昨今のお悩みといえばおおかた恋愛のハナシ其の一択。その点では、テルさんより五つほど歳上の既婚者、極めて真面目なお人柄のアズさんという人選はもってこい。
「ボクは、相手がこぶつきだったから。あ、こぶつきって言うと叱られるんだけどね」
と話すアズさんは、三年ほど前、離婚歴のある子連れの奥様とマッチング・アプリで知り合ってのご結婚。ご自身は初婚で、周りには少し心配されたそうだが「まあ自分が好きになった人のお子ちゃんだから。ぜんぜん気にならなかったよ」と甲斐性あるお言葉。
これに「へー。ボクも悩んでるんだけど、やっぱりそういうもんなのかなあ!」と顔を明るくするテルさん。
なんでも、自身がいま「婚活」アプリでやり取りしている人のなかに、とても話が合ってノリが合って、なおかつ断トツでお好みの容姿のかたがいるのだそう。どうも、そのかたが「お子様連れ」ということで。
「ただ、もうめっちゃめちゃ美人!載せてる写真の枚数もかなりあって、正面からの『他撮り』で顔くしゃくしゃの素の笑顔もあるんですよ。友達が急にシャッター切ったのかな?たぶん加工してない。それであの綺麗さ。
念のため一番ブスな写真を基準にして、そっから三割引き。それがもし数年前の写真だったとしても、そのぶんの劣化くらいならぜんぜんイケる!」
と、熱烈ながら一直線に失礼なテルさん。
「うーん。そんなに言うなら、どれどれ…」とコチラも助平根性を一直線に発揮してアズさんと共に眼福にあずかることにする。
早くも自慢げなテルさんがスマホで表示し、見せてくれたそのかたのお写真はなるほどたしかに美人。そしてテルさんの自説も頷ける。ただ…
「この『道綱の母』っていうのは…何ですか?」
とコチラが抱いたのと同じ疑問を口に出されたアズさん。テルさんはこともなげに
「これ、彼女のニックネームですよ。アプリ上の。ちなみに、ボクは昔の飼い犬の『タロ』ですし。あはは」
「いや、それは分かってるんですが…」と渾身の困惑顔をしたアズさん「なんか、主張強くないですか?『道綱の母』?お子さんのお名前を…『婚活』アプリで?」
たしかに、こんなネーミング、保育園とか「ママ友」のコミュニティでしか聞かないよなあ。と、コチラもアズさんの困惑に同感する。
だが、そこがすでに恋のマジックなのか、いまいちピンときていないテルさんは
「まあ『子連れですのでご理解ください』ってトコ?それを強調してるネーミングなんじゃないですか?
それより、美人でしょう?『道綱の母』さん。もうめっちゃタイプ!
プロフィール見るとなんかのコンテストで優勝してる『王朝三美人』の一人なんですよ。まあ、たしかに藤原兼家っていう愛人さん?そのヒトのこと、浮気症で不誠実だとかってプロフで実名あげてボロカスにディスってますけど」
「え?プロフで実名?…公開の場所ですよね?」と思わず発したアズさんと二人、顔を見合わせずにはいられない。だがテルさんはそれも意に介さずに
「メッセージでやり取りしてたら、そのときのことも『note』に書いてるって教えてくれて。読んでみてって。良かったら拡散してって。彼女がソウ言うからソッコー読みましたもん『蜻蛉日記』!
彼女、大変だったんですよ。ソノ彼が出かけた後を尾けていって新たな浮気相手を突き止めたりとか。それで腹が立って、夜中に彼が戸を叩いても開けなかったりとか。彼に恨みの歌を送ったり、遺書を書いて死ぬって言ったり。彼が新しい浮気相手のところへ去ったあとは、正妻さんにもしれーっと同情の手紙を書いたりするんですよ。お気持ち、お察ししますぅーみたいな手紙。
いや、わかってます!わかってます!『重い』んですよ、彼女!でも、そういう『重い』人に一途に愛されてみたかったりもしますよね。こんなに美人ならナオサラ!」
終業後、アズさんと「あれ、彼女メンヘラですよね?」「うん。メンヘラ、メンヘラ。でもメンヘラ女性が好きな男っているからね」「意外とテルさん…」「あれは、間違いなく面食いのメンヘラ好きだね…」
そんなヒソヒソ話を交わす前方を、トンボみたいに軽やかに横切って退勤していったテルさん。複眼には程遠く、ゴリゴリの近視眼をこじらせたテルさんは、希望に燃えて、もう早くも「道綱の新しい父」みたいな横顔をしていた。

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