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チャンネル登録16人、最高95回。バズらないAIラジオを、それでも続ける作業療法士の話

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今日は、自分のYouTubeチャンネルの話を書きたい。

決して、順風満帆ではない。バズったわけでもない。チャンネル登録者は、たった16人だ。

でも、その16人が、私にとっては、とんでもなく大きな数字なのだ。

今日は、AIに作らせた「修正のきかないラジオ」を、誰も聞いてくれないところから始めて、ちょっとずつ数字が動き出すまでの、地味で、正直な話をする。バズりたい人には、何の役にも立たない。でも、「小さなことを、誰にも気づかれずに続けている人」には、もしかしたら届くかもしれない。

プロローグ——一昨日、14人で驚いた。今日、16人で固まった

一昨日のことだ。

私はいつものように、note記事をYouTube用に音声化したものを、アップロードしていた。「俺、3人と付き合ってる」と言う同僚の話を書いた、アドラーシリーズの記事だ。

アップロードのついでに、ふとチャンネル登録者数を見た。

14人。

「あれ、増えてる」と思った。少し前まで11人だったはずだ。それだけで、私はちょっと驚いた。でも、その日は、本当にそれだけだった。「へえ」と思って、スマホを閉じた。

そして、今日。

特に用事もなく、なんとなくチャンネルを開いた。そうしたら、登録者が16人になっていた。

——え。また増えてる。

そのまま、自分のチャンネルのコンテンツを、ぼんやり眺めていた。何本も並んだ、地味なサムネイル。そのうちの1本の再生回数を見て、私は固まった。

95回。

1週間前に出した、「やりたいことがわからない」のは、心が壊れたんじゃない、という記事の音声だった。それが、95回も再生されていた。

私のYouTubeは、バズるような内容ではない。コツコツ積み上げていくものだと、自分でわかっている。だからこそ、この数字に、心底びっくりした。

たった16人。たった95回。

数字だけ見れば、笑われるかもしれない。でも、ここに至るまでの1ヶ月半を知っている私にとって、この数字は、ちゃんと意味のある数字だった。

第1章——最初の5人は、「いないもの」として数えていた

順を追って、正直に書く。

私のYouTubeチャンネルは、実は、ずいぶん前からあった。2020年頃、あるゲームの動画を、仲間内で共有するためだけに開設したものだ。

そのゲームは、もうサービスが終了している。一緒にやっていた仲間も、今はバラバラになった。

だから、1ヶ月半前、私が本格的にこのチャンネルを「note配信用」に使い始めたとき、登録者は5人いた。たぶん、あのゲームの頃に、たまたま登録してくれたまま、解除せずにいてくれた人たちだ。

正直に書くと、私はこの5人を、頭の中で「いないもの」として数えていた。

だって、もうそのゲームはやっていない。共有していたコンテンツも、まったく別物になった。この5人が、今の私の配信を聞いてくれているとは、到底思えなかったからだ。

だから、私の実質的なスタートは、ゼロだった。

そこから、新しく入ってきてくれた人を、私は「実質の登録者」として数えていた。11人になったとき、つまり、新規で6人が増えたとき。

その6人のうちの1人が、妻であることを、私は知っている。

妻は、毎日、私の配信を聞いてくれている。これは、嬉しいような、こそばゆいような、不思議な感覚だ。家族が、自分の作ったものを、わざわざ毎日聞いてくれる。それだけで、続ける理由としては、十分すぎるくらいだった。

第2章——私のYouTubeは、「修正のきかないラジオ」だ

ここで、正直に告白しておかなければならないことがある。

私のYouTubeは、完全にAIの作品だ。

NotebookLMという、Googleのツールを使っている。note記事を読み込ませると、まるでラジオパーソナリティ2人が、その内容について語り合っているような、音声コンテンツを生成してくれる。私は、そのできあがった音声を、YouTubeに載せているだけだ。

ここがポイントなのだが——私自身、作るときに1回聞くだけで、その後はほとんど聞いていない。

私の活動の本命は、あくまでnoteの執筆だ。自分の経験や、現場で見てきたことを、自分の言葉で書く。そこに、いちばん力を入れている。

YouTubeは、そのnote記事を、ラジオ感覚で「ながら聞き」してもらうための、横の入り口として置いている。もちろん、自分で作ったとき、「これ、聞いてて面白いな」と思ったから配信している。でも、「YouTubeのラジオに需要があるか」なんて、最初から気にしていなかった。noteへの導線を作るのが、目的だったからだ。

そして、AIが作るからこそ、ときどき、言い間違いがある。

いちばん困ったのが、「看取り(みとり)」を、「かんどり」と読んでしまうことだ。

私は特養で働く作業療法士で、看取りは、私の発信の核になるテーマだ。それを「かんどり」と読まれるのは、正直、こたえる。何度も試行錯誤した。読み込ませる文章をひらがなにしてみたり、プロンプトで指示を出してみたり。でも、どうしても直らなかった。

だから、私のYouTubeは、「修正のきかないラジオ」になっている。

間違えたまま、世に出ていく。私には、それをコントロールできない。

note記事は、自分で言うのもなんだけれど、それなりに気合いを入れている。だから、それなりのクオリティは出せていると思う。

でも、YouTubeは違う。AIまかせの、不完全なものだ。

だからこそ、最初は、誰も聞いてくれないのが当たり前だと思っていた。数字が動かないのも、当然だと。

第3章——10回も再生されない日々に、「意味あるのかな」と思っていた

実際、最初の頃は、10回も再生されないことのほうが多かった。

正直に書くと、1週間前くらいまでは、「これ、本当に意味あるのかな」と、ぶっちゃけ思っていた(笑)。

note記事を書く。それをAIに読ませて、音声にする。YouTubeにアップして、サムネイルを整えて、説明文を書く。それなりに、手間はかかる。

その手間をかけて、再生回数が一桁。

「誰も聞いてないなら、YouTubeはやめて、noteだけに集中したほうがいいんじゃないか」——そう思った夜も、正直、あった。

作業療法士として、私は「無駄に見える作業」と、人がどう付き合うかを、ずっと見てきた。リハビリは、地味だ。今日できなかったことが、明日もできない。成果が見えない日々が続くと、人は心が折れる。「こんなことして、意味あるんですか」と。

その気持ちが、痛いほどわかった。自分が、まさにその状態だったからだ。

成果の見えない作業を、人はそう長くは続けられない。これは、根性の問題ではない。脳の仕組みの問題だ。人間の脳は、報酬——「やった甲斐があった」という手応え——がないと、行動を維持できないようにできている。

私のYouTubeは、その報酬が、ずっとゼロに近かった。

第4章——それでも、小さな成果が、続ける理由をくれた

ところが、ここ最近、流れが少しずつ変わってきた。

10回もいかなかった再生回数が、40回を超えるものが、ぽつぽつと出てきた。そして冒頭の通り、1本だけだけれど、95回まで伸びたものがある。

きっかけが何だったのか、正直、よくわからない。

Threadsで誰かが見つけてくれたのかもしれない。あるいは、毎日note記事の冒頭に、関連するYouTubeのリンクを貼り続けているのが、じわじわ効いたのかもしれない。

理由は、特定できない。

でも、ひとつだけ、はっきりわかったことがある。

やっていることに対して、小さくても成果が出ているなら、続ける意味は、ちゃんと見出せる。

これは、作業療法の現場で、私がいちばん大事にしている考え方と、まったく同じだ。

人が動き続けられるかどうかは、「大きな成功」があるかどうかでは決まらない。「小さくても、たしかな手応え」が、あるかどうかで決まる。

リハビリで、昨日より1センチだけ手が上がった。その1センチに、本人が気づけたとき、人は次の一歩を踏み出せる。逆に、その1センチを見落とすと、「どうせ無理だ」と、手を止めてしまう。

YouTubeの数字も、私にとっては、その1センチだった。

再生回数が一桁から40回になった。登録者が11人から16人になった。その小さな手応えが、「もう少し、続けてみよう」と、私に思わせてくれた。

チャンネル登録1000人を超えれば、収益化が狙えるらしい。でも、今の私は、そこをまったく気にしていない。

ただ、続ける目的が、できた。

YouTubeを聞いてくれる人が、少なからずいる。この事実だけは、もう疑いようがない。だとしたら、辞めるわけにはいかない。

第5章——YouTubeは、私の「盾」を渡すための入り口

正直に書くと、いちばん再生された動画も、伸びなかった動画も、私には特別な思い入れはない。AIの作品だからだ。

でも、強いて願うなら、アドラーシリーズには、伸びてほしいと思っている。

これには、理由がある。

私の個人的な経験——うつや、リストラや、106kgから痩せた話——は、たぶん、noteで読んでもらったほうが、共感してもらえる。文字で、じっくり読むからこそ、伝わるものがある。

でも、アドラー心理学のような「考え方の枠組み」は、少し違う。

これは、その人が、これから先、自分を守るための「盾」になる。課題の分離。劣等感との付き合い方。怒りの目的。こういう知識は、知っているだけで、生きるのが少しラクになる。

その盾を、ながら聞きのラジオから、ふと受け取ってもらう。通勤中や、家事の合間に。そういう入り口として、YouTubeはありだと思っている。

私の経験で泣いてもらうのはnoteで。これから先を生き延びる武器を渡すのはYouTubeで。そんなふうに、媒体を使い分けられたら、いいなと思っている。

第6章——68本という現在地と、100本、200本の先

気づけば、YouTubeの本数は、68本になっていた。

最初は5人(実質ゼロ)、再生回数一桁。それが、68本積み上げて、登録者16人、最高95回再生。

数字だけ取り出せば、ささやかなものだ。でも、本数自体は、けっこう増えてきたな、と感じている。

そして、ここからが、密かな楽しみだ。

これが100本、200本になったとき、登録者は何人になっているだろう。再生回数は、どのくらいになっているだろう。

わからない。もしかしたら、ほとんど変わっていないかもしれない。でも、それでもいい。

なぜなら、この配信を続けている時間そのものが、今の私にとって、かけがえのないものになっているからだ。

アドラーシリーズを書いて、それを音声にして、世に出す。その作業をしていると、私は「自分は、誰かの役に立っているかもしれない」と感じられる。聞いてくれる人がいる。妻が、毎日聞いてくれている。見知らぬ誰かが、95回ぶんの「再生」という形で、私の話に耳を傾けてくれた。

アドラーの言葉で言えば、これは「共同体感覚」だ。自分はここに居ていい。自分は、誰かとつながっている。

そして、正直に書けば、これは私の「承認欲求」を、健全に満たしてくれるものでもある。

承認欲求は、捨てなくていい。以前、そういう記事も書いた。大事なのは、それを、誰かを見下すことや、見栄を張ることで満たすのではなく、地道な貢献の手応えで満たすことだ。

68本のラジオと、16人の登録者は、今の私にとって、その健全な手応えの、いちばんわかりやすい形なのだ。

エピローグ——あなたの一桁の数字は、無駄じゃない

YouTubeを始めて、1ヶ月半。

バズってはいない。収益も出ていない。看取りを「かんどり」と読み間違える、修正のきかないAIラジオだ。

でも、5人(実質ゼロ)から始まって、16人が登録してくれた。一桁だった再生回数が、95回まで伸びたものが出てきた。

その小さな数字が、私に「続ける意味」をくれた。

もし今、あなたが何かを始めたばかりで、「こんなことして、意味あるのかな」と思っているなら。再生回数が一桁で、フォロワーが二桁で、誰にも気づかれていない気がしているなら。

その数字を、笑わないでほしい。

私も、1週間前まで、「意味あるのかな(笑)」と思っていた。でも、小さな手応えは、ある日、ふいに現れる。そして、その小さな手応えひとつで、人はもう少し、続けられる。

大きな成功は、いらない。

昨日より1センチ。一桁が、40回。11人が、16人。

その、ささやかな前進に気づける人が、いちばん遠くまで行ける。これは、100人を看取り、リハビリの現場で人の回復を見続けてきた私の、ただの実感だ。

あなたが今、コツコツ続けている「一桁の数字」は、何ですか。

そして、その小さな前進に、あなたはちゃんと、気づいてあげられていますか。


プロフィール

作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ|中学からテニス継続|7歳娘の父|アドラー心理学13年実践|106kgから77kgへ減量|うつ・対人恐怖を経て、薬なしで生きられるようになった現場ベースの発信を続けています。

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#YouTube #継続は力なり #AI活用 #NotebookLM #作業療法士 #HSP #コツコツ #承認欲求 #共同体感覚


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