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サイレントマジョリティを守る、老舗の引き算

ダイレクトメールで『ウォークマン』について書かれている記事を目にしました。(懐かしい~笑。)

かつてソニーの『ウォークマン』〜「音楽を外に持ち歩く」というライフスタイルを作った伝説の携帯音楽プレーヤー〜が発売される前、事前アンケートでは「録音機能がないなら欲しくない」と猛反対されたと聞いています。もしソニーがその「言葉」を鵜呑みにして録音機能を足していたら…あの世界的な大ヒットは生まれず、どこにでもある平凡なラジカセになっていたでしょう。
創業者たちが信じたのは、文字ではなく、若者たちが「外で音楽を聴きたがっている」という行動の奥にある本音でした。

もちろん、お客さまを大切にする姿勢は大正解ですが、ビジネスには一つ、残酷な盲点があります。それは、「人はまだ体験したことのない未来や、自分の本当の欲求を、正確な言葉にできないことがある」ということです。

今でこそ、誰もがスマホとイヤホンで、外で音楽を聴くのが当たり前の時代ですが、その当時は「音楽は家の中で座って聴くもの」というのが常識でした。電話などもそうですよね。携帯電話がなく固定電話しかありませんでした。
まだ見ぬ未来の体験というものを、アンケートの文字にすることはできなかったのです。

これは、私たちの旅館経営にとっても、まったく同じことが言えます。

お掃除のあとに残された「行動の跡」という宝探し

当館では、長年の経験から培ってきた仕入れや、大切に守ってきたおもてなしの形があります。
だからこそ、一部の目立つお声だけに振り回されないよう、いつも一歩引いた視点を持つように意識しています。

お客さまの中には、お声をあげる方と、あげない方がいらっしゃいます。実は、アンケートの鉄則として「本当に大満足して、穏やかで心地よい時間を過ごした方ほど、あえて言葉を残さない」という傾向があります。そっと白紙のまま、笑顔でお発ちになる「声なき多数派(サイレントマジョリティ)」こそが、宿の土台を支えてくださっているのです。

では、言葉を残さない方々の「本音」を、私たちはどうやって知ればいいのでしょうか?
そのヒントは、お客さまがお発ちになった後の「お掃除の現場」に隠されています。
例えば、チェックアウトされた後のお部屋に入ったとき。テレビの方向ではなく、あえて窓際や広縁(ひろえん)のほうに向けて、椅子や座布団がぽつんと置かれていることがあります。それらはお客さまが、「テレビを見る便利さ」ではなく、「ただ外の景色や、外から入ってくる風を受けながら、静かに流れる時間を味わいたかった」という、言葉にならない心地よさの証明です。

滞在様で、昼間のうちに布団にゴロゴロした形跡があれば、それは「誰にも気兼ねせず、ただ泥のように眠りたかった」という極限の疲労のサインかもしれません。
お部屋に残された「行動の跡」は、アンケート用紙よりも雄弁に、お客さまの本当の過ごし方を物語ってくれているのです。

「甘いものが売れない自販機」が教えてくれたこと

当館の社長がよく言う言葉に、「品数を増やすのもいいが、お客さまが迷われることも多いし、在庫も多くかかえてしまう」というものがあります。

日常の決断から離れてリフレッシュしに来ている旅館という空間では、「あれこれ選ばせる」よりも、「選ばなくていい贅沢(おまかせの心地よさ)」のほうが、遥かに価値が高かったりします。

かつて、館内のスナック自動販売機に「甘いもの」を入れていたことがありました。事前に「何があったら嬉しいですか?」とアンケートをとれば、きっと「チョコレートやクッキー」と答える方は一定数いたはずです。 しかし、蓋を開けてみると、驚くほど売れませんでした。

なぜか?

お客さまは、夕食で既にお腹いっぱい大満足されているからです。温泉に入り、美味しい料理とお酒を堪能した後、夜中に本当に身体が欲していたのは、甘いお菓子ではなく、火照った身体を潤す「冷たい飲み物」や「炭酸水」、あるいは「少しの塩気」でした…。

これもまた、「言葉」と「行動(事実)」が食い違った、生きたデータのひとつでした。

経験という「軸」を持ちながら、微調整していく

もちろん、何度も繰り返し寄せられる「多いご意見」には、真摯に向き合うことがとても大切です。しかしそこでも、「言われた通りの設備を付け足す」のではないのです。「なぜ今、多くの方がこの要望を持つようになったのだろう?」と、客層や時代の変化を読み解くシグナルとして受け止めるようにしています。

長年の経験に裏打ちされた、仕入れや運営の「軸」があるからこそ、私たちはブレずにいられます。

・お声をあげない方の「満足の気配」をお掃除や部屋の残像から感じ取る

・多く寄せられるお声からは「時代や客層の細かな変化」の背景を読み解く

この両方の目を持ちながら、「足し算」の誘惑に負けず、あえて「引き算」をすることで、宿の独自価値はさらに尖っていくのだと思います。

今日もチェックアウト後のお部屋へ、お客さまが遺してくれた「声なきメッセージ」という宝物を探しに、お掃除に向かいます。

箱根強羅温泉 にごり湯
桐谷箱根荘 女将

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