「くき」という言葉は、占いの道具から生まれた
ふだん何気なく使っている言葉の、意外な深さ
植物の「くき(茎)」。草花を手に取るとき、私たちは当たり前のようにこの言葉を口にします。でも、この「くき」という音がどこから来たのか、考えたことはありますか?
実は「くき」の語源をたどると、古代中国の占い――卜占(ぼくせん)の世界へと迷い込んでいくのです。
倭人と卜占
『三国志』魏志倭人伝には、こんな記述があります。
骨を焼いて占い、吉凶を判断する。占う前にあらかじめ問いを告げ、亀を使う方法と同じように火の割れ目で兆しを読む。
古代の倭人(日本列島の人々)は、卜占に精通していたようです。そしてこのことが、「くき」という言葉の成り立ちと、深いところで結びついているのです。
「く」という音と、草の根
まず「くき」の前半、「く」の部分から話を始めましょう。
漢字の「荄(く)」は、「草根(草の根)」を意味する字です。ところが、この「荄」にはもう一つ意味がありました。中国の文字学者・徐鍇(じょかい)の注釈によれば――
「荄とは、草木の枯れた茎のことである」
根のことを表すはずの字が、なぜ「枯れた茎」でもあるのか。ここに、この物語の核心があります。
「枯茎」は、占いの道具だった
漢籍『中文大辞典』の「枯茎朽骨」という項目を見ると、こう書かれています。
「枯茎とは蓍(めどはぎ)のこと、朽骨とは亀の甲のこと。どちらも占卜に用いるものである」
「枯茎朽骨(かれた茎と朽ちた骨)」とは、卜占の専門用語だったのです。
枯茎 = 乾燥させた「蓍(めどはぎ)」の茎 → 筮(ぜい)に使う
朽骨 = 亀の甲羅 → 火で焼いて割れ目を読む
後世に「筮竹(ぜいちく)」と呼ばれるようになった占いの道具は、もともとは竹ではなく、蓍(めどはぎ)という植物の茎を束ねて使っていたのです。
「蓍(めどはぎ)」という不思議な草
『説文解字』はこの植物について、こう記しています。
蓍は蒿(よもぎ)の類。十年で百本の茎が生える。天子が用いる蓍は九尺、諸侯は七尺、大夫は五尺、士は三尺。
また別の注釈には「百年で一株から百本の茎が生える」とあります。
年を重ねるほど茎が増えていく草――だからこそ、「蓍」という字の声符(音を表す部分)は「耆(き)」、「六十歳の老人」を意味する字なのです。長い年月と、積み重なる茎。そこには深い意味が込められています。
そしてこう言ってもよいでしょう。「蓍」とは「茎」そのものだった、と。
「荄、蓍なり」から「くき」へ
ここまで来ると、論理の糸がつながってきます。
**「荄(く)」**は「枯れた茎」のこと
**「枯れた茎」**は「蓍(めどはぎの茎)」のこと
したがって 「荄」=「蓍」 という等式が成り立つ
これを漢文の「判断句」として表せば、「荄、蓍なり(荄とは蓍である)」となります。この二つの字を並べた「荄蓍(くき)」という連語は、「茎そのもの」を強調した表現でした。
「荄蓍」の上古音は [kɯː-qʰlji]。これを音訳すると「くきひい」となり、やがて転化して「くき」になったと考えられます。
こうして「荄蓍(くき)」が「莖(くき)」の読みとして定着した――これが「くき」という言葉の誕生です。
証言は、古い経典の中にあった
この説を支えるもう一つの証拠があります。
平安時代の古典『蘇悉地羯羅経(そしつじからきょう)』の寛弘五年点(1008年頃)に、こんな用例があります。
「新たに端竹を以て其の筮(クキ)とす」
筮(占いに使う道具)のことを「クキ」と読んでいる!
これはまさに、「くき」という言葉が「占いの茎(蓍)」に由来するという結論を、正面から支持する用例です。
まとめ
「くき(茎)」という何気ない日本語は、こんな経緯で生まれました。
古代の「荄(く)」には「草の根」と「枯れた茎」の両義があった
「枯れた茎」は卜占の専門用語で「蓍(めどはぎの茎)」を指した
「荄=蓍」という等式から「荄蓍(くきひい)」という連語が生まれ
それが転じて「くき」となり、「茎」という漢字の読みになった
植物の茎を指すごく普通の言葉の奥に、古代の占い師たちが蓍の束を手に吉凶を問うた姿が、静かに息づいています。
(本稿は2024年10月22日にXに投稿した考察をもとに、加筆・再構成したものです。)
