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第36話 科学部、嫌なやつに遭遇する!

 久しぶりの探検である。ある程度生活パターンが定まると暫くそれで過ごそうとするのが人間の心理ではあるが、それを過ぎるとまた新しい場所の開拓に目が行くのも人間の行動パターンである。
 そして山を発見してしまったからにはそこを攻めに行くのもまた、彼らの知的好奇心の成せる業……というか、二号が一人で行くとか言い出すから、行かないわけにはいかないというかなんというか。

 いつもの水場を通り過ぎると、彼らにとっては未知の領域になる。この先は誰も分け入ったことが無いのだ。
 普通の森ならば、木々の隙間からこちらを覗く小動物の気配があったり、蛾や羽虫などが目の前を飛び交ったり、足元をヘビが通過するのであろうが、ここペルム紀のシダ樹林にはそんなゴソゴソとした気配はない。巨大なトンボがバッサバッサと飛び、大きなヤスデ(?)がガサガサと我が物顔で目の前を通過していくのだ。
 そしてその度に「メガネウラだねー」だの「アースロプレウラがいるよー」だのというまったりとした二号の声が響くのである。
 初めての場所を進む緊張感からであろうか、今日はみんな口数が少ない。通常運転の二号だけがいつも通りに解説をし、そこに申し訳程度に教授の合いの手が入る程度である。

「あーこれは立派なレピトデンドロンだねー。直径2mはありそうだねー。これでシダなんだから古生代は楽しいねー。ほら、見て見てー、この幹の模様、葉っぱが取れたときの模様なんだよー。鱗みたいだから鱗木《りんぼく》とも呼ばれるんだよねー」
「ソテツがそんな感じですね」
「そだねー。こうやって下から取れて行きながら、上に向かって成長するんだねー」
「幹、緑色ですね」
「そだねー、光合成してるのがわかるねー。茎の先端に胞子穂《ほうしすい》があるのがわかるかなー。これはちょっと大きすぎて見えないねー……あっ! ほらあそこの水場見えるー? エダフォサウルスがいるー。教授、写真撮っといてー」

 二号の解説を聞きながら歩くこと一時間。森は唐突に開けた。
 それまでの鬱蒼と茂るシダ類と裸子植物がふっと無くなっていたのだ。
 呆然と立ち尽くす三人を他所に、二号だけが想定内といった顔で腰に手を当てて仁王立ちしている。小っちゃいけど。

「先輩これは……」
「溶岩だねー」

 足元に真っ黒の岩がごつごつと広がっている。そこに地衣類や成長を始めたばかりのシダの幼木が生え始めている。
 二号はおもむろにしゃがみ込むと、足元の石を一つ拾い上げた。いろいろな角度から石を観察し、不意に顔を上げて山の方を見上げる。

「割と最近ここは噴火したんだねー。とは言え、シダが生え始めてるからねー。次の噴火まではまだ時間があるかなー」
「嬬恋の鬼押し出しのような感じですね」
「そだねー」
「ねえ、二号」

 いままで黙ってついて来ていた姐御が、不安そうに彼に寄り添った。

「んー?」
「これだけ広々としてるのに何もいないわね」
「何も無いから身を潜めるところが無いんだろうねー。だけど森の方から何か出て来るかもしれないからねー、気を付けてねー」
「二号先輩、まだ先に行きますか? この山、大丈夫でしょうか」
「んー、暫くは大丈夫だと思うよー」
「え、まだ進むの?」
「これからだよー」

 二号は立ち上がると、何事も無かったかのように再び歩き始める。
 急に傾斜がついて来た岩場は『山』と言う感じになってきており、森の中とはまた別の意味で足元が悪くなってきている。

「姐御先輩、この前怪我したとこ大丈夫っすか?」
「うん、まだ平気。でも海岸の岩場より歩きにくいわね」
「流石にここまで来ればプラティヒストリクスやエリオプスはいないねー」
「両生類じゃ溶岩質のところでは生活できないもんね……きゃあ!」
「おっととと」

 バランスを崩して倒れそうになる姐御を、金太が後ろからすかさず支える。

「大丈夫っすか?」
「あ、ごめん、ありがと金太」

 先日エリオプスに噛まれて以来、姐御の金太を見る目がなんだか優しい。まさかあの時のお姫様抱っこで――。

「ごめん作者、今日はツッコむ気にもなれないわ。ちょっと空気読んで」
「俺はその流れ、大歓迎っす」

 どうしろと。

「何かいるねー……」

 ボソリと二号が呟く。こんな岩場に何がいるというのか。

ゲロちゃんゲロバトラクスっすか?」
「ゲロちゃんは両生類だからこんなとこに居ないわよ」
「爬虫類なら居ても不思議じゃないですね」
「コティロリンクスとかスクトサウルスなら、デカいから居ればすぐにわかるわよ」
「いやー、もっとやな感じなのがいるよー、ほら、あそこー」

 三人が二号の視線の先を追うと、体長1mほどの肉食哺乳類と爬虫類のあいの子みたいなやつが、彼らをじっと見ている。
 顔が間抜けに長いし、前肢上腕もなんだか水平だし、全てに於いてイマイチなヴィジュアルではある。

「ペルム紀にあんな哺乳類チックなの居たっけ?」
「哺乳類の祖先って言われてるやつだねー。ゴルゴノプスの仲間のリカエノプスだねー。でもあれはペルム紀後期じゃなかったかねー?」
「あれ、やな感じなんすか?」
「そだねー。あの骨格見てー。走行性哺乳類に近くなってるよねー。そこらの爬虫類と違って走るの得意なんだよねー。しかも犬歯が発達してて肉を食いちぎるのに適してるのねー。オイラたち、多分あっさり食われちゃうねー」

 そういう事をあっさり言う二号が怖い。しかも落ち着き払っててますます怖い。

「とりあえずみんなじっとしててねー、岩のふりしてねー」

 どう見たって岩には見えない。だがここはそうするしかなさそうである。
 推定リカエノプスが一歩、また一歩と近づいてくる。無意識に姐御が金太のシャツを握り、彼もまた姐御を背に庇う。
 何を思ったのか、リカエノプスが突如、彼らに向かって駆け寄ってきた。間抜けに伸びた顔の半分ほどを占める大きな口から鋭利な牙が覗いている。

「二号!」
「動かないでねー」
「ちょっ――!」

 古生代のハンターが二号に向かって飛び掛かって行く。彼はまだ動かない。姐御が声にならない悲鳴を上げた瞬間、二号がボソッと呟いた。

「間合いに……」

「入った」と言うと同時に彼は教授の手から銛を奪い取り、そのままリカエノプスに向けて真っ直ぐに突き出した。その間、僅か0.2秒。
 姐御の悲鳴が辺りに響き渡る。呆然と立ち尽くす教授を押しのけて、リカエノプスと一緒に倒れ込んだ二号の元に金太が駆け寄る。

「二号先輩!」
「あー、岩場でコケると痛いねー」
「ちょ、マジ無傷ぅぅぅぅう?」
「いやー、岩で擦りむいたー」

 そうじゃねえだろ。あ、作者、素でツッコんじゃった。

「な……何やったんすか今の!」
「銛で突いたー」
「んなこたー見りゃわかりますよ!」
「どうする、これー。食べるー?」

 食うのか、リカエノプス。

「てか、即死じゃないすかこれ」
「そりゃー狙ったからねー。口から刺して内臓一直線ねー」

 こいつガチだ。ガチなやつだ。完全に設定ミスった。教授ポカーンとしてるし。アサシンはこっちだったか!

「ねー、教授大丈夫ー? 姐御も平気ー?」

 お前が言うか。

「もう、二号のバカ! 死ぬほど心配したじゃないの!」

 おお、姐御の巨乳に抱きしめられている二号が羨ましい。しかしその状況下に於いて、真の変態二号の口から出た言葉は想像を絶するものだった。いや、想像通りと言うべきか。

「あー、教授、写真撮ってねー。オイラたちじゃなくてそこのリカエノプスねー」

 いろんな意味で……ガチな部長であった。

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