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願いが叶った、その先にあるもの


最近、失恋に関するご相談が続いたこともあり、今日はエイブラハムの教えと恋愛について少し書いてみます。


願いを叶えた、その後に

エイブラハムの教えや引き寄せの法則は、多くの場合、「願いを叶えるため」「理想のパートナーに出会うため」といった意味で意識されがちだと思う。実際に、理想の人と出会い、愛され、素晴らしいパートナーシップを育て始めている人もたくさんいる。

けれど、その喜びの中に、次第に影が差してくることがある。最初は小さな違和感だったものが少しずつ大きくなり、不安が膨らみ、理想とのギャップに戸惑う。結婚生活なら、長く一緒にいるうちに少しずつすれ違いが生まれ、気がついたら「以前とはまったく違う関係になっていた」と感じることもある。

だけど、恋愛も結婚も、出会った瞬間に完成するものではないはず。むしろ、そこからが始まりなのだと思う。

私自身の体験から

一度離婚を経験した私は、「恋愛は楽しくても、関係性はきっとまた変わっていく。だから、再婚したいかどうかは分からない」と思っていた。子育てが優先だったし、それなりに楽しい母子生活が乱されるかもという不安からも、長い間、再婚願望はなかった。

けれど、エイブラハムの教えが少しずつ腑に落ち、現実が好転していくにつれて、「自分の意識が自分の世界を創造するのなら、そこに信頼を置いてみよう」と思うようになった。

50代で今の夫に出会ったばかりの頃は、子供が巣立つ直前だった。それでも大学生になる私の子供への接し方をチェックしている自分がいた。夫も成長した娘さんたちがいたので、その親子関係も観察した(笑)。お互いにそれなりの人生経験を重ねてきた大人同士だけど、子供との関係性を知ることは互いにとても大切だった。その他もろもろ、何もかもが最初から完璧に合うわけではない。

でも、自分のことを全棚にあげて相手をチェックしまくっていたわけでもない。できるだけ自分の波動を整えながら、望む関係性に意識を向けていくうちに、少しずつ理想のパートナーシップを育てることができた。

今でも、お互いにイラッとすることはあるけど、毎日笑い声の絶えない関係が続いている。互いの家族も含めて、優しい世界ができている。

私は、エイブラハムの教えによって、本当に幸せになったと思っているので、恋愛やパートナーシップについても、遠慮なく書くことができる。

引き寄せの法則の本質

パートナーシップを育てていくときにも、引き寄せの法則は働き続ける。自分の中に愛や感謝が育っていくと、相手の言葉や行動の中にある優しさにも気づきやすくなる。

以前なら見過ごしていた愛情を受け取れるようになったり、相手を変えようとするよりも、自分が望む関係性に意識を戻せるようになったりする。そこから奥深い喜びが生まれてくる。

ただし、それは「相手から奪う」ことでも、つねに何かを欲しがることでもない。まして、「まずは自分が必死になって与え続ければ、相手も返してくれる」という取引でもない。互いの信頼の上に、損得を超えた自然な循環が生まれてくる。

こんなふうに書いている私も、以前はそこがよく分かっていなかった。そもそも、「愛」という言葉はあまりにも大きくて、漠然としている。

出会ったら終わり、願いが叶ったら終わりではなく、そこからが本当の始まりなのだと思う。


「自分責め」から抜け出すために


恋愛がうまくいかなくなったとき、「自分の不安が嫌な現実を引き寄せてしまったのではないか」と、自分を責めてしまうこともあるけど、本当は、すべてを自分のせいにする必要はない。

引き寄せの法則を表面的に受け取ってしまうと、「不安になってはいけない」「ネガティブになってはいけない」と、自分の感情まで監視するようになってしまう。大切なのは、その不安を無理に消そうとすることではなく、「私は今、何を恐れているのだろう」と、自分の内側を見てあげること。

不安を十分に感じたあとには、改めて自分の望みに目を向けることもできる。そして、そこで大切なのが「委ねる」という部分だ。ここを忘れてしまうと、私たちはすべてをコントロールしたくなる。相手の気持ちを変えようとしたり、相手の行動を監視したり、相手の自由にまで手を伸ばしたくなったりする。

自分にできるのは、自分の意識を整え、自分が望む世界に戻っていくこと。そこが腑に落ちてくると、「問題」の本質そのものが変わっていく。そして、解決もまた、思いがけない形で自然に受け取れるようになる。


コー・クリエーションの視点


パートナーシップで大切なのは、「理想の相手を引き寄せる」ことだけではなくて、その先にある、この関係をどう育てていくのか。どんな現実を一緒に創造していくのか。ということだと思ってる。

エイブラハムの言う「コー・クリエーション(共同創造)」とは、まさにそこにあるのだと思う。喜びの中に、少しずつ影が差してきたとき。不安や違和感が生まれたとき、どんな選択をするかが、これからの現実を大きく変えていく。

相手を変えようとするのか。自分を責めるのか。それとも、自分の内側に戻り、もう一度、望む世界を選び直すのか。

私は、エイブラハムの教えを通して、恋愛や結婚は「理想の相手を手に入れたら終わり」ではないという本当の意味を知った。愛する人と出会い、関係を育て、何度も新しい現実を一緒に創造していく。その過程そのものが、パートナーシップの喜びなのだと思う。

「今の人は簡単に諦める」という言葉を、以前はよく耳にした。時代は変わり、そこで言われていた「今の人」が、いつの間にか私たちの世代になっている。耐え続けることが愛ではない。自分を傷つける関係から離れることも、自分を大切にする大切な選択だと思う。

でも、「自分を大切にする」という言葉を、そのまま「我慢しないこと」「嫌ならすぐに手放すこと」と受け取るだけでは、少し違うのかもしれない。私自身、エイブラハムの教えを通して、自分を大切にすることの意味が少しずつ変わっていった。自分を大切にするとは、ただ不快なものを避け続けることではない。もっと喜びに意識を向けてみること。自分が本当に望む関係性を見つめ、そこに意識を戻し続けること。そして、相手を変えようとするのではなく、自分の中の愛や信頼を育てながら、二人で新しい現実を創造していくこと。

そうすることで、願いが叶ったあとも、人生はさらに素晴らしくなっていくのだと、私は心から思っている。



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