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寂しさを美しく飼い慣らす、夜の読書

自分の人生を振り返ると、いつの間にか日本で暮らした時間よりも、海外生活のほうが長くなってしまった。 しかも、あえて計画したわけでもないのに、なぜかいつも「まわりに日本人がほとんどいない場所」に身を置くことになってしまう。思えば、私の海外暮らしで「強烈に寂しい!」と胸が締め付けられたのは、失恋したときか、どうしようもなく日本が恋しくなったときだった。

子どもが巣立つ前は、「息子が家を出たら、寂しさのあまり発狂してしまうのでは……」と本気で恐れていたけれど、いざ大学進学で離れてみたら、わりと平気な自分がいた。まめに連絡を取り合っているし、なんだかんだ理由をつけては会えているからかもしれない。再婚生活がとても充実していて、私の心が満たされているからかもしれない。

そんな背景があるものだから、日本で暮らす日本人が、大切な人に囲まれているにもかかわらず「なんだか寂しい」と呟いているのを聞くと、かつての私は正直、心の中で「なんて贅沢な悩みなんだろう」と思ってしまったりもした。自分の意思とはいえ、海の向こうで言葉や文化の壁と戦っている海外在住組のほうが、寂しさのハンディキャップは圧倒的に大きいはずじゃない?と。

でも、寂しさの定義なんて、本当は誰にもできないことも分かってる。

現に私も10代の頃、両親からしっかりと愛情を注がれていたにもかかわらず、理由もなく寂しくて涙が止まらない時期があった。「きょうだいが欲しい」とは微塵も思わなかったし、一人の時間も絶対に必要だったのに。あれはきっと、思春期のホルモンバランスの仕業でもあったのだろう。
大人になって産後鬱も1カ月だけ体験したが、とても苦しい時間だった。だから、物悲しさが理屈じゃないこともよく分かる。

子供の頃の私は読書に明け暮れていた。文学小説といえば戦後のものも多く、どこかうら寂しい日本やヨーロッパが舞台になっていたりする。登場人物たちの恋愛や結婚はどれもやるせなくて、「私は絶対にこんな恋愛も結婚もしない!」と心に誓いながら大人になった。等身大の彼女たちが抱える無力感が、あの激動の時代特有のものだとは、当時の私にはまだ理解できていなかった。

ついさっき、急に日本の小説が恋しくなって、林芙美子の作品をめくってみた。 すると、なんとも言えない昭和初期の、あの独特な寂しさと虚無感が部屋いっぱいに蘇ってきた。

驚いたのは、今の年齢になって読むと、戦争直後の東京で必死に生きる若い女性たちの苦しみや寂しさが、全く違う響きを持って心に迫ってきたこと。考えてみれば、彼女たちは私の母や祖母が生きた、あの時代そのもの。当時の東京の女性たちのさまざまな人生模様に、胸がキュッとした。

どんな切ない内容であれ、当時のリアルな息遣いがそのまま閉じ込められていると思うと、その物語そのものが愛おしい宝物のように思えてならない。こうした当時の暮らしを細やかに描いた名著は、時代の底に埋もれさせてしまうことなく、未来へ読み継がれるべきだと、心から思う。

過去というのは、容赦なく「大昔」へとすり替わっていく。 今や戦後どころか、私たちが駆け抜けたバブル時代だって、若い世代から見れば大昔の歴史のひとコマだ。

バブルが終わりかける頃、私は留学先から帰国して、渋谷で働き始めた。思い返せば、あの頃の私も、二十代なりの理由で寂しさに打ちのめされていたっけ。 楽しいことも多かったけれど、ある時になって限界が来た。ざあざあ降りの雨を味方にして、傘で顔を隠しながら、涙ボロボロで青山通りを歩いた。あのときの雨の冷たさは、今でも覚えている。

結局私は、その苦しさと正面から向き合うのをやめて、そこから逃げ出すようにまた海外へと飛び出してしまった。それが正解だったのかは、今でも分からない。人生に正解なんてないことも、もう知っている。

そうして私は、流れるように海外を転々とした。 異郷の地で暮らすなか、吸い寄せられるように手に取ったのは、同じように海外の空気を吸いながら言葉を紡いだ、日本人女性たちの小説やエッセイだった。なかでも、私の心の軸となっていたのは、須賀敦子や大庭みな子。

ミラノの霧のなかに佇むような須賀敦子のみずみずしい文章を読んでは、孤独を美しく飼い慣らす大人の嗜みを学んだ。大庭みな子の作品からは、生と孤独の、神秘的なほど根深い揺らぎに胸を掴まれた。

彼女たちの本を開くたび、海の向こうで一人、自分の足で立って生きる女性の「ひそやかな連帯感」のようなものを勝手に感じていた気がする。それは決して、不幸だから寂しいわけではなく、生きているからこそ湧き出る、切なくも愛おしい感情。そこに自分を投影してしまうのは、自然なことなのかもしれない。

いつの時代も、女性のリアルな人生をのぞき見るのは最高に面白い。そして、同じ日本女性としてのDNAが共鳴しすぎて、時々ちょっとツラくなったりもする。林芙美子の作品には、私がまだ出逢っていない名著が山ほどある。 今夜はもう少し、彼女の紡ぐ言葉の海に溺れてみようと思う。


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