夫が洗濯物を畳むとき
スレッズを見ていたら、「妻のブラトップの畳み方が分からない」という投稿にたくさんのコメントがついていて、すごく微笑ましかった。と同時に、今の日本の旦那さんは、奥さんの洗濯物を畳むことに抵抗がないんだなぁ、と驚いた。
毎年日本に帰っているとはいえ、私の日本での日常生活の記憶はバブル崩壊の頃で止まっている。実家の父がそんな手伝いをする姿は見たことがなかったし、同年代の友達を見ていても、共働きであっても家事は妻の役目という空気を感じていた。でも、時代はどんどん変わっているらしい。
気になって調べてみたら、日本の家事分担で一番変化が大きいのが「洗濯」なのだそうだ。今や2人に1人の夫が協力していて、特に「たたむ」行為は、25年前は10人に1人もいなかったとか。帰宅時間の遅さや、女性の下着に触れる抵抗感など、当時の背景を思うとそれも分かる気がする。
私の再婚相手はアメリカ人男性で、シニア層。だけど、多くの同年代のアメリカ人男性と同じく、自分のことは自分でする。たとえば、 朝ヨガから帰宅すると、自分の汚れ物を洗濯機に放り込む。そのとき、乾燥機に私の下着や洋服が入れっぱなしになっていると、きちんと丁寧に畳んでおいてくれる。
私はうっかり忘れちゃうことが多々あるので、きっちり畳まれた自分の洗濯物を見るたびに、胸がじわっと温かくなる。それは、手間が省けたというものより、優しさを受け取ったという喜びに近い。
そういえば、洗濯の風景って国ごとに全然違う。 日本でマンスリーマンションに滞在したときは、お風呂場がそのまま乾燥機になるシステムに「なるほど!」と感動した。でも、やっぱりアメリカのあの大きくて豪快な乾燥機が恋しくなったりもする。タオルが極上にふわふわになるし、シーツも一気に洗えるのだから。 逆にヨーロッパでアパートを借りるときは、乾燥機がなかったり、洗濯機が小さくて脱水が甘かったりして、部屋干ししたタオルがガビガビになった。ずっと昔に住んでいたときの私はどうしていたんだっけ、と遠い目になる。
そんな世界中のガビガビやふわふわを思い出しながら、これを書いていて、ふと昔読んだ近藤麻理恵さんの本を思い出した。
私は基本的にすべての洋服をクローゼットに吊るして収納する派なので、彼女の「洋服を畳む美学」については、当時はほぼスルーしていた。だけど彼女が、畳む行為を【洋服との対話】と表現していたことだけは、すごく衝撃的で頭に残っている。 手のひらを使えばシワを伸ばせるし、愛情も伝わる。感謝の気持ちを持って向き合うと、不思議とうまく畳めるのだ、と。
正直に言うと、私もときどき夫の洗濯物を畳むけれど(たいていは夫が自分でやるが)、そんな温かい気持ちでやったことは一度もない。子供の頃にも手伝いで家族の分を畳んでいたけど、面倒くさいと感じていた。夫だって私のブラトップを畳んでいるときは、まったく別のことを考えているに違いない。
それでも、今、きれいに並んだ四角い塊を前にすると、私の中には温かな感情が生まれてきてしまう。洗濯物を畳む行為を、面倒なものではなく、もっと愛おしい時間にしていこうかなとふと思った。
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