見出し画像

眠らない都会に届いた神々しい光

今日も夫から電話があった。

スマホで位置情報を開いてみる。タンザニアの国内を移動して、「ンゴロンゴロ自然保護区」という場所あたりに、彼のアイコンがぽつんと浮いていた。

「視界いっぱいにシマウマの群れが見える。みんな遠くのライオンをチラ見してるんだよ。今朝は襲われてるサイを見たし、さっきは別のサイがライオンに突進しようとしてた。そういえば昨日、シマウマの赤ちゃんが迷子になってて、見てていたたまれなかったな」

サバンナの光景の報告が、まるで「隣の家の誰々さんがね」と世間話をするようなレベルになってきている。一方で私の日常は、洋服を着たワンちゃんがストローラーに揺られて散歩する人たちの中にある。

会話のレイヤーは激しくズレていく。
物理的な共通点が、溶けるようになくなっていく。


電気も持たない狩猟採集民、ハザ族の集落を訪れたそうだ。マサイ族とはまた違う。 クリック音を立てる独特の言葉で会話している姿を、いつか映像で見たことがある。そこ夫がいるなんて不思議。

その暮らしには、私たちが想像もできないような過酷さもあるはず。けれど、今この瞬間に心から満足していて、その満ち足りた様子にひどく感動した、と夫は言った。でも、相手は自分の鏡。そこには自分の投影がある。夫が今に満足して生きているのは間違いない。


彼らには、「不眠」という言葉が存在しない。

日が暮れたら焚き火を囲み、夜明けとともに起きる。 日照時間と気温、そして睡眠が完璧に調和している世界。 不眠の調査をしようとした研究者が、ガイドを通じて説明しても、彼らには「眠れない」という概念自体が理解できなかったらしい。

一方、こちらはといえば、夜中を過ぎてもなんだか明るい。いわゆる街の夜景が広がる。 昨晩の真夜中過ぎに、私は近所のカフェのダンスから、とぼとぼと歩いて家に戻ってきた。東京生まれの私は、明るい夜でないとなんだか不安を覚えてしまうし、いつだってそうした場所で暮らしてきた。

日照時間とともに生きるのは不便ではなく、自然。
不眠症は、電気の発明がもたらした現代病。

写真の中の太陽の光が、いっそう神々しく、生命の喜びに満ちて見えた。


いいなと思ったら応援しよう!

セレナ|アメリカ生活 応援ありがとうございます♡

この記事が参加している募集