離れているときの感情が、あなたの“今”を教えてくれる
今週は、夫がいない。
他州に住む弟さんとイベントに参加するための旅。今回は空港までの送迎を頼まれた。日頃から本当によくしてくれるので、夫孝行のつもりでハンドルを握った。
最近は空港周辺も再開発が進み、道路もあちこち変わってきている。だから、ときどき自分で走っておくのは、感覚を保つ意味でも大事なことだと思っている。
私が“留守番”になると、同年代の友人たちは決まってこう言う。「よかったね、気楽でしょ? ご飯作らなくていいし、家事も減るし」と。
でも実際には、料理も家事も夫のほうが得意。夫がいない方が、家事がはかどらなかったりする(笑)。
とはいえ、たったの1週間だし、寂しさは全然ない。特に「ホッとする」わけでも、「物足りない」わけでもない。自分のテンポで過ごせることが、ちょうどよく感じられる。こうした関係は理想だし、自分としてもいい感じだと思っている。
最初の結婚でも、これと似た安心感に包まれていたけれど、実を言うと離婚後は、慢性的な不安に包まれていた。
そんなとき、大好きだった元彼と遠距離恋愛が始まった。
会えない時間が、とにかくつらかった。私は連絡を待つタイプなので、それがさらに追い打ちをかける。でも実際には、毎週のように会えていた。中間地点には彼のリゾートマンションやボートがあり、週末はそこで楽しく過ごした。
そして帰り道になると、決まって心が沈んだ。次に会う約束がなかったときには、不安と寂しさに押しつぶされて、泣きながら運転して帰宅したことも何度もある。
再婚や同棲を望んでいたわけじゃない。
子どもが最優先だったし、彼と暮らす生活は現実的ではなかった。
それでも、彼と一緒にいると子どもが恋しくなり、
子どもといるときは、彼が恋しくなった。
あの複雑でどうしようもない感情。
同じような気持ちを経験してる女性も、きっと多いのではないかと思う。
40代にもなって、日本からこんなに遠い、誰にも頼れない土地で何をしているんだろう。そんな惨めさに、何度も押しつぶされそうになった。
あの頃の私は、それを相手への“愛の深さ”だと信じていた。
でも今ならわかる。
あれは愛だけではなく、執着も混ざっていた。足りなかったのは、相手の愛ではなく、自分への愛だったのだと。
もっと自分を大切にしよう。
と覚悟したとき、不思議と“終わりのサイン”がやってきた。二度と、あんなふうに自分をすり減らす関係には戻らない。そう決めてからは、驚くほどきっぱりと復縁を断った。
それからは、迷いながらも、自分の内側にある“愛”を育ててきた。
今は幸せな再婚をし、身近な人たちとも穏やかに繋がっている。
彼らは、私の“波動の鏡”でもある。ありがたいことに、そばにいるときは感謝ばかり生まれてしまう。だから、安心感の中で過ごせている。
でも実は、離れているときの感情こそが、自分の内側の状態を映している。寂しさ、安堵、不安、孤独。そんな気持ちが教えてくれる、自分の今の位置。ただ、「私は今、何を感じているんだろう」と、自分自身を知るための入り口になる。
この3月、私がひとりで日本に行っていたときは、夫が留守番だった。夫は家族に会いに他州に行ったり、友人を招いて楽しく過ごしていた。
もちろん、お互いに恋しくなる瞬間はあったけれど、それぞれが“自分の時間”をしっかり楽しめた。これが、私の理想でもあった。そんな関係が、今、実際に叶っている。ありがたいなぁと、つくづく思う。
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