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「私を愛するなら、私の母国も」


夫婦での日本滞在


今回は夫婦で日本に滞在している。
半年前の一時帰国は私ひとりで思うままに自由に過ごしていた。
今回もなるべく観光は避けて自由に過ごしたい私と、もっと一緒に観光したい夫。意見が食い違うけれど、わざわざ話し合いをすることもなくフライトと滞在先の予約を入れた。

もちろん、本当は私の方がここは折れて、滞在中の半分くらいを観光にあててもよかったのだけど、今回はどうしてもその気分になれなかったので仕方ない。。。。。

それでどうなったかというと──

シニア夫は今、毎日日本語学校に通っている(笑)。
クラスメイトは自分の娘たちより若い世代ばかり。大変だと思うけれど、宿題までちゃんとこなしている。「日本語を話したい!」という意思が、以前よりぐんと強くなったのを感じている。

日本語を学ぶ、本当の理由

夫が日本語を学びたがっている理由は、「すべての通訳を私に頼らなくてもいいように」という優しさだと思っていた。「私に負担をかけず、もっと一人で行動できるように」「私が英語を忘れたときコミュニケーションを取れるように」とか。

でも、昨日、母と義父に会いに行って、「どうしてそんなに頑張って日本語を勉強しているの?」と母が聞いてきたとき、こんなふうに答えたのだ。

「あなたたちと会話したいからですよ」
(英語で言って私が訳したんだけど)

これには母も義父も驚いた。
え、そんなふうに思ってくれていたのね、と。

私も胸が熱くなったし、何より、なぜか言った本人が少しウルッとしていた(笑)。「私はこんなふうに大切にされているんだ」と改めて実感したし、色々な意味で母も安心した気がする。

Love me, love my dog

アメリカには “Love me, love my dog” という表現がある。
「私を愛するなら、私の犬も愛してね」という意味。軽く使われることも多い。

実際、恋愛のはじまりに相手が犬や猫を飼っていたら、はい、その存在はもう切り離せない(笑)。
「犬の散歩時間だからもう帰る」と言われることだってある。自分は猫アレルギーなのに、遊びに行ったら相手の家の中で猫の毛が舞っていた。相手の飼っている犬が苦手。なんて経験をした人もいるかもしれない。

そしてこれは恋愛だけに限らない。
再婚なら「私を愛するなら、私の子どもも」。
国際結婚なら「私を愛するなら、私の母国も」。

人を愛するということは、その人を取り巻く存在も含めて受け入れること。

それは時に重いと感じることもある。
「自分を受け入れてほしいけど、その代わりに相手の家族も受け入れなきゃならないの?」
そう考えると、結婚に踏み切れない友人たちの気持ちもよく分かる。

パートナーシップは計算じゃない

私も以前はそうだった。
どこまで相手を受け入れられるか、頭で計算してしまっていた。でも今は違う。意識が現実を創ると知ったから。そんな細かいルールを自分で創ることもない。もっと軽く、楽しんだ方がいい。

同時に、いかに相手から大切にしてもらえるのか。これは、パートナーに「大切にして」と迫ることでも、約束させることでもない。執着や駆け引きを手放す方がうまくいく。

たとえば出会った頃の夫は日本に興味がなかった。
「日本にもスタバあるの?」なんて信じられない質問をされて、さすがにイラッとした(笑)。でもその無関心さが、当時はむしろ都合がよかった。ティーンの息子と一時帰国するのが楽しかったから。

けれど、いつまでも息子と一緒に日本に来られるわけもはない。一人帰国は気楽で自由だけど、将来的に夫婦でその時間を共有できないのはやっぱり寂しい。

そう思っていた矢先、夫が自分から「日本に行きたい!」と言い出した。
それからこの2年の間に2か月以上も日本に滞在し、日本で上手に運転までして、私が見たことのない日本海を見せてくれた。

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