寄り道が、いちばんの贈り物だった
「ねえ、ここって、本当にフランス?」
到着した瞬間、思わず声が出た。
南仏でもない、小さな町。空は鉛色で、肌寒い。なのに目の前には、信じられないほどカラフルで、どこか魔法めいた景色が広がっていた。
ボルドーからパリへ戻る途中、
夫が「お城の前にホテルを取った」と言い出したのが、この寄り道の始まりだった。聞いたことのない地名。小さすぎる町。最初は、あまり気乗りしなかった。ところが、到着してすぐに視界に飛び込んできたのは、
南仏でもないのに、トロピカルカラーで彩られた階段だった。

「降りたい! 今すぐ降りたい!」
興奮する私を横目に、夫はハンドルを切らず、そのまま進む。
階段と同じ通りに、私たちのホテルがあったからだ。
チェックインを済ませると、ホテルの真正面の、坂道の上に、ブロワ城 がそびえたっていた。閉館前に見た方がいいということで、階段に戻る前に城に向かった。
そこには、ベルサイユやフォンテーヌブローのような華やかさや重厚さとはまったく違う世界があった。ピカピカに光る斬新な色彩のイタリアンタイル。あのレモン色の階段と、同じように、ちょっと刺激的。
でも、あれはどうしてレモンだったのだろう。
宮殿の中の絵画を見ているうちに、そこでようやく謎が解けた。一角に、そっと飾られていた一枚の絵。
それは エドゥアール・マネ の《レモン》。

数週間前に夫と訪れたパリのオルセー美術館からの出張展示とのこと。
それを祝って、あの階段にもレモンを描いたそうだ。つまり、期間限定の素敵なアートだった。
けれども、この宮殿で私の心をいちばん強く動かしたのは、色彩でも建築でもなく、一枚の肖像画。それを見た途端、息をのんだ。
…この子は、誰?
顔中が毛に覆われた少女が、じっとこちらを見つめている。そのまなざしに、なぜか目が離せなかった。
彼女は、実在した少女、アントニエッタ・ゴンザレス。多毛症をもつ一家に生まれた。そして彼女の父親こそが、後に 美女と野獣 の物語のモデルになったといわれている。

私はこの物語が昔から好きで、去年もその屋外ミュージカルを観に行ったばかり。まさか、この小さな町で、その“原点”に出会うなんて。
もともとは、気乗りしなかった寄り道。でも、ここに来なければ、
あの階段にときめくことも、レモンの意味を知ることも、この物語の奥行きに触れることもなかった。
後から知ったことだけど、実はこの『アントニエッタ・ゴンザレスの肖像』、東京の国立西洋美術館にも所蔵されていて、そちらの方がオリジナル作品なのだそう。私はその美術館も好きなのに、なぜか見かけた覚えがない。次回は必ず探そうと思う。

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