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ジャスミンの季節、ボルドーの記憶

ボルドーの街全体が、強く心に残ったわけではない。そもそも、隅々まで歩いたわけでもない。けれど、少なくとも、私たちが滞在した宿のある通りは、とても魅力的だった。

14世紀にワイン商人たちが行き交っていたと言われる、歴史ある界隈。
古い建物や石畳の路地はそのままに、静かなセレクトショップや、ほどよく賑わうレストラン、小さなベーカリーやカフェが点在している。どの店も親切で、ゆっくりと寛ぐことができた。

観光地の大通りから人が流れてくるというより、ここはひっそりと知られた“穴場”なのかもしれない。カフェの外席に座り、通勤途中の人たちのさりげないけれど粋な装いを眺める。近所の人たちの立ち話に、なんとなく耳を傾ける。気取っていないのに、どこかに品があって、すごく好きな場所になった。

そして何より、通りのあちこちで、白い小花を咲かせたジャスミンが、店先をアーチのように囲んでいた。風に乗って、やわらかな香りが漂ってくる。
あっちでも、こっちでも。それはもう、本当に美しかった。

「こんな場所に宿があってラッキーだね」と言うと、
「ラッキーじゃない。僕がじっくり選んだんだ」と夫は言った。

それは確かにその通り。
でも、ジャスミンが満開だったことまでは、きっと計算していなかったはずだ。だからやっぱり、あれは偶然であり、幸運でもある。

人はボルドーといえば、ワインを思い浮かべるかもしれない。でも私にとっては、ジャスミンの香りと、海へと続く巨大な砂丘の記憶。それだけで、この街は、もう十分すぎるほど特別な場所になった。

そういえば、秋に日本へ一時帰国するたび、私が密かに楽しみにしているのは、街角でふいに出会う金木犀の香り。とくに、一昨年、金沢の古い通りで包まれたあの香りは、いまも忘れられない。

ボルドーのジャスミンの白い花と、かすかな甘い香りを思い出すたび、
あの時間が、まるごと蘇る。

香りは、旅の終わりに残る小さな印。季節の花の香りがよみがえる瞬間、
一年中ハイビスカスが咲く土地に暮らす私の心が、ふと四季を思い出して、ときめいてしまう。


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