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バカンスは、すでにここにあった

アメリカに戻ってきてから、しばらくフランス・ロスが続いていた。
数日前に息子が800マイル離れた街へ旅立っていったけれど、それを寂しいと感じる余裕もないほど、頭の中はフランスの記憶でいっぱいだった。

出発前は、アメリカでの生活に満足していたし、十分幸せだと思っていた。それなのに戻ってきてから、いろいろなものに小さな違和感を覚えるようになった。道行く人の服装、食べ物、街の景色、日々のシステム。気づけば、無意識のうちに比べている。

フランスの方がいい、移住したい、という単純な話ではない。他のヨーロッパの街にも心を動かされたし、イギリスはいまも心のふるさとだ。ただ、今回フランスで過ごした日々は、五感の奥に深く残った。それだけのことだと思う。

この妙な虚無感をどう扱えばいいのか分からず、とりあえずヨガに行き、ダンスに出かけ、日常の中で喜びを拾い直していた。そうして数日が過ぎ、今日になって、ようやく回復の兆しを感じた。

それは、海に行ったからだった。

午後になって、久しぶりに泳ごうと夫と車に乗った。
フロリダの海は広く、どこまでも続いている。平日だったその日は人も少なく、波に身を預けると、身体がゆっくりほどけていくのが分かった。

まだ子どもが小さかった頃、別の州に住みながら、私たちは何度もこの海を訪れていた。家族旅行で飛行機を乗り継いで来ていた場所に、いまは日常の延長で立っている。

水面は光を反射して、巨大なダイヤモンドのように揺れていた。青空には入道雲が浮かび、波に揺られながら、それを見ていた。しばらく漂っていると、突然、何かとぶつかった。
「うわっ!」と声を上げたのは相手のほうだった。お互いぼんやりしていたのだろう。こんなに人の少ない海の中で、誰かとぶつかるのは初めてだった。

相手は大きなタトゥーの入った青年で、顔を見合わせた瞬間、ふたりで大笑いした。「サメかと思って、本気でビビったよ」
そう言って胸を押さえる様子が、妙にかわいかった。

数日前、パリで見た光景がふとよみがえる。
ボン・マルシェの店内は、ビーチボールやバカンス用品で彩られ、夏への憧れに満ちていた。まだ肌寒い春のパリで、人々は来るべきリゾートの季節を夢見ている。

でも、そのときの私は不思議と心が動かなかった。なぜなら、それが私たちの日常だからだ。私はむしろ、コートを羽織って歩く春のパリに、強く惹かれていた。

ここでの生活が自分の理想なのかと聞かれたら、正直よく分からない。ただ、成り行きの中で、こうした暮らしを続けている。

海から上がり、砂を落としたら、フランス・ロスは少しずつ遠のいていった。



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