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フレンチに恋して、フレンチに戸惑う。私の食の境界線


“私たち夫婦は、フランス料理が好きだと思っていた。クロワッサンも、フレンチデザートも妥協しない。レストランも、なんとなく“ここ”と決めている場所があって、自分たちなりに「本物」を味わってきたつもりだった。

でも、本場フランスで、私はふと立ち止まった。

「あれ?私、本当にフレンチが好きだったんだっけ?」

ここアメリカで食べてきたフレンチは、どうやら“本場仕様”とは少し違っていたらしい。あの日から私は、「好き」という感覚の輪郭を、少しずつ確かめ直すことになった。



美食の国で、食べたいものがなかった日々


私はお酒を飲まない。
だから「ワインとフランス料理」という王道の組み合わせには、
ずっと距離があった。

一方で夫は、ワインもフレンチも心から愛している。フランスにルーツを持つ彼を見ていると、もしかしたら、血のどこかが反応しているのかもしれないと思う。

ふだんの私たちは、食の好みが驚くほど合う。日本でも、ヨーロッパでも、
同じものを頼んで「おいしいね」と笑ってきた。ところが今回のフランス旅行では、少し違った。

メニューを開いた瞬間、
私は静かに悟った。

――食べたいものが、あんまりない。



抵抗が大きな本場フレンチ

エスカルゴは、わりと好き。
サラダは驚くほどおいしい。

でも、
牛肉のタルタル。
生肉に生卵が乗ったあれは、どうしても無理だった。

鴨、鳩、ウサギ、子ウサギ。
カエルの脚、鹿、ジビエ料理。
ステーキはレアが基本で、私は血を見るのが苦手。

テリーヌは大好きだけれど、日本で親しんできたものとは別物だった。
フォアグラも、いつの間にかメニューから消えていた。あとで知ったのは、季節の問題や、動物愛護の観点で扱わないレストランも増えているということ。知らなかった世界が、静かに広がっていく。

フランスの食文化を否定したいわけじゃない。でも、「食べたくない」という自分を無理にねじ伏せることもできなかった。


フランスの田舎料理

地方に入ると、ジビエ料理はさらに増えた。メニューを事前に確認し、私が選べるのは、だいたいステーキかチキン。ブフ・ブルギニヨンがあれば、迷わずそれ。

夫は、嬉々としてジビエを注文する。ワインの香りを吸い込み、「おいしい」と満足そうに目を細める。その横顔を見ているとき、私はただ、彼の喜びを感じていた。

一緒に飲めたら、もっと楽しかったのかもしれない。と思った瞬間、少しだけ、ワインの香りがうらやましくなった。


デザートで取り戻す幸福

私は甘いものが好き。だから、フランスのデザートには救われた。

結局、レストランの締めはパンナコッタとカプチーノ。「それ、イタリアじゃない?」と思いながらも、その時間は、確かに幸せだった。お茶の時間はひたすら天国。

今回の旅で、こんなにも食に迷うとは思っていなかった。それと同じくらい、心からおいしいと思う瞬間も、たくさんあった。スタッフは親切で、英語も驚くほど通じる。せかせかしない、その空気も、心地よかった。

私はこれからも、きっと迷いながらフランス料理を食べていくのだと思う。でも、「好き」を問い直すことは、悪いことじゃない。

フランスで出会った戸惑いとやさしさの余韻は、今も、舌の奥に、静かに残っている。




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