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神社の境内で、パリアッチが聴こえた

「近くの神社でオペラやってるよ。しかも、もう始まってる」
夫にそう言われたとき、半信半疑だった。神社でオペラ?どういうこと?それに、まさかプロじゃないんでしょう——そう思いながらも、なんとなく胸が騒いで、慌てて向かった。

境内に近づくと、歌声が聞こえてきた。本物の、オペラの声だった。観客はすでに椅子に座っている。パンフレットを手に取って、思わず目を見張った。パリアッチ、と書かれていた。

私の、大好きなオペラではないの。

チケットは15,000円。神社の境内で、ちゃんとした上演なのかな。一瞬ひるんだ私をよそに、夫はためらうことなく2人分を買ってくれた。その背中を見ていたら、またあの歌声が耳に届いた。紛れもないイタリア語で、紛れもなく美しい声。透き通るような旋律が清らかな境内の空気に溶けていく。それだけで、もう胸がいっぱいになってしまった。

「KABUKI×パリアッチ」と銘打たれた、イマーシブオペラだった。
演者たちは舞台に縛られず、境内を歩き回りながら物語を紡いでいく。観客も自由に動いていい。だから、歌手がふいに目の前に来る。情感たっぷりの歌声が、手を伸ばせば届きそうな距離から飛んでくる。劇場では絶対に味わえない、圧倒的な迫力だった。

そこへ、歌舞伎の助六まで絡んでくる。アメリカで先週、「国宝」を見たばかりの余韻もあり、夫はとても喜んでいた。こんなステージが世界に存在していたなんて、と思った。

パリアッチは、私にとって特別なオペラだ。

息子がオペラ好きだと知ったとき、夫がチケットを買ってくれた。3人で初めて一緒に観に行ったのが、パリアッチだった。
夫はそれほどオペラに詳しいわけでもなかったけれど、息子と仲良くなりたいという気持ちから、いろんなことを一緒にしようとしてくれた。オペラも、そのひとつだった。

それ以来、3人で何度もオペラやバレエ、クラシックのコンサートに足を運んだ。

実は夫と出会って間もない頃、2人で音楽を聴きに行った。そのとき、前の席に私と同じくらいの年齢の夫婦が、青年を連れて舞台を楽しんでいた。仲良しの親子という雰囲気で、私もいつかあんなふうになりたいと、強く願ったことがある。夫(当時の彼)と私の息子の仲はまだまだそこまで良くなかったので、どうなることかと見守っていた

でも、それはちゃんと叶った。

去年の息子の誕生日には、夫がオペラ歌手たちの歌うイタリアンレストランでお祝いをしてくれた。
部屋の中央にピアノが置かれ、歌手たちが入れ替わり立ち替わり現れてはオペラを歌う。パリアッチの、あの悲しいアリアが目の前で歌われたとき、隣に座っていた息子が、ちょっと涙目になった。すぐそばにいた私には、それがよく見えた。

今日、そのパリアッチと、また出会うことができた。

息子はいまアメリカにいる。多忙にしていて、なかなか日本に来られない。今日のことを話したら、きっとこれ以上ないくらい羨ましがるだろうな。
なんて思いながら、クライマックスを見届けた。

この公演は、たった2日間だけの上演らしい。開演直後にたまたま通りがかって、チケットが買えたなんて、すごいグッとタイミングだったと思う。
素敵な奇跡を、またひとつ受け取れた気がした。

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