アメリカの、日本人のいない街でFIFAを観て思ったこと
FIFAの日本対スウェーデン戦をテレビで観た。 アメリカに来る前はスウェーデンに4年間住んでいたので、「どちらも応援しているんだね!」と私を知る人には言われていたけど、いざキックオフのホイッスルが鳴ると、私の目には日本しか映っていなかった。
自宅のテレビでも観られたけれど、外で見たいという衝動に駆られた。それで、近所の古いアイリッシュバーへ行くことにした。 夏の強い日差しがようやく傾きかける時間。外席なら風が通って気持ちがいいし、早めに行けば特等席も空いているはず。
近所のアメリカ人カップルも一緒に応援してくれるというので、そこで合流。 外壁に4台並んだテレビを眺めながら、冷たいグラスを傾ける。
予想通り、通りの席はガラガラだった。私が知る限り、この街に日本人は10人もいない。スウェーデン人はもう少しいるはずだけれど、ここには見当たらなかった。 観戦中は、日本人が多い街のような大騒ぎはなかったけれど、この少し気の抜けた、でも自分たちだけの特別な空間も、なかなか悪くない。
時差の関係で日本はちょうど朝。 試合中、私は日本の母とラインで繋がっていた。 日本がチャンスを迎えるたびに、隣で一緒に見ていたスポーツ大好きな男友達が「ほら、お母さんに今すぐ電話しろ!」と大騒ぎする。私がメッセージを送信してのんびりしていると、彼は本気でびっくりしていた。いや、私と母は、スポーツの生中継で一緒に絶叫するような熱い関係ではないのだ。
一進一退のゲームを見ながら、彼がふと尋ねてきた。 「君はさ、どんなスポーツを見たら心がぐぐっと激しく動かされるの?」言われてみて、少し考え込んでしまった。 「うーん……特にないかも(笑)」
もちろん、スポーツを見て涙を流したことは何度もある。 オリンピックのフィギュアスケートや、プロの美しいダンスを見たとき。でもそれは、勝ち負けのドラマというよりは、人間の身体が生み出す圧倒的な技術や、その一瞬の美そのものへのときめきだった気がする。
「いずれにせよ、日本では試合に負けても暴動は起きないよ」と私が言うと、彼は深く深く感心したように頷いた。皮肉ではなく、心からのリスペクトを込めて。 「そうだよね。負けた後に、スタジアムのゴミ拾いをして帰るくらい、素晴らしい人たちだもんね」
日本人のファンが対戦相手の観客席まで掃除したエピソードは、こちらでも有名らしい。 「立つ鳥跡を濁さず」という去り際の美学は、やはり欧米のスタジアムではあまり見かけない。
たとえばメジャーリーグの野球観戦中、隣の人が足元にピーナッツの殻を豪快に投げ捨てながら食べるのを見ると、私はどうしても気になって仕方がなくなる。もちろん、彼らはそのまま席を立つ。でもこれは19世紀からの伝統であり、球場の風物詩なのだと教えられてからは、「そういうものか」と受け入れるようにはなったけれど。
それにしても、サッカーにおけるあの「エモーショナル」な熱狂は、やはりヨーロッパならではのものだと感じる。 住んでいるときは日常すぎて気づかなかったけれど、ここ数年、旅行先でそんな熱狂の塊のような集団に遭遇することがあった。
ちょうど去年、フランスのボルドーを旅していたときのこと。 地元のチームが勝ったにも関わらず、試合直後の街は少し荒れた空気に包まれた。発煙筒を掲げた若者たちが、バイクで奇声を上げながら夜の街を走り去っていくのを見て、ほんの少し身を縮めたのを覚えている。パリのニュースなどで見る激しい暴動も、にわかには信じがたい光景だ。
どうしてそこまで燃え上がるのだろう。 もしかすると、そこには「お金」も絡んでいるのかもしれないなぁ、なんて思ってしまうのは、私が彼らの文化を熟知していないからだろうか。日本では違法だけれど、欧米の一部ではスポーツベッティング(賭け)が日常に溶け込んでいる。自分のお金がかかっているとなれば、試合への「当事者感」は跳ね上がる。それまでどうでもよかったはずの試合が、賭けた瞬間に目が離せない死闘に化けるのだ。
でも、考えてみればそれが合法化されるはるか昔から、サッカーにおける地元ファンの熱狂ぶりは世界的に有名だった。お金の問題だけではなく、彼らにとっは、生き方そのものであり、血であり、譲れない誇りなのだろう。
だからこそ、そんなヨーロッパから移住してきた男友達にとって、私がどこか冷めたスタンスで画面を見つめている姿は、少し物足りなく映ったのかもしれない。でも、負けても暴動を起こすどころか、スタジアムを綺麗にして帰る国民なんだと思い出したのだろう。彼は手元のビールを飲みながら、ニヤニヤしていた。 呆れているわけでも、ただ褒めちぎっているわけでもなく、まったく違う温度差をそのまま面白がっているような、そんな大人の笑いだった。
試合が終わる頃になると、にわかに周囲が賑やかになってきた。アメリカ対トルコ戦をお目当てにした人たちが、続々と集まってきたのだ。
私たちはここで帰宅したけれど、お付き合いしてくれた友達カップルは、場所を変えて次の試合を見ると言って夜の街へ消えていった。
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