90歳、全盲。そんな彼女がしていたこと
夫の留守中、私は相変わらずダンスに行く。
レッスンだったり、ソーシャルパーティだったり。 ペアダンスだから相手が必要で、それなりの社交性も求められる。けれど、音楽に触れるときの「ときめき」や、知人たちと再会する「喜び」。 何より、運動嫌いの私にとって、ダンスフロアとヨガスタジオは唯一、心から楽しく体を動かせる大切な居場所なのだ。
とはいえ、近頃は翌日までしっかり疲労が居座るようになってきた。 朝起きて身体の痛みに不安になったり、疲れすぎてヨガをサボったり。 以前とはどうも勝手が違う。
一昨日は、スウィングダンスのパーティへ。 サルサなどと違って、このダンスは年配の方も多い。 みんな、肉体というよりは精神的なバイタリティが溢れんばかり。 ちょうどバレンタイン前夜ということもあって、赤いワンピースを纏った女性たちがフロアを華やかに彩っていた。
踊り疲れてテーブルで一休みしていたときのこと。 友人がやってきて、フロアで踊る一人の女性を指差した。
「あの人、90歳なんだって」
さすがに驚いた。 真っ赤な膝丈のワンピースをなびかせ、ふさふさのブロンドヘアを揺らしている。 元気なマダムという雰囲気だけど、70代と言われても信じたかもしれない。
「しかも、彼女、目が見えないのよ」
友人が続けた言葉に、耳を疑った。 え、なんて?
よく見ると、彼女はそっと目を閉じ、相手に身を委ねていた。 音楽のリズムに溶け込むようにステップを踏む。 相手の足を踏むことも、周囲で踊っている誰かにぶつかることもない。
これにはもう、驚愕を通り越して、なんだか笑いが込み上げてくるほどの衝撃。 「素敵な先輩たちに励まされる」なんて日頃から書いているけれど、彼女の住む世界はもう、次元が違う。 「疲れた」なんてこぼしている自分のちっぽけさが、瞬時に情けなくなってしまった。
目が見えなくても、彼女は誰よりも「自由」に見えた。
「でも、どうやってあの素敵なワンピースを選んだのかな?」
私と友人は、そんなことを言い合いながら、気持ち良くステップを取ってる彼女の姿を目で追った。 きっと、彼女を大切に思う誰かが、お揃いのダンスシューズと一緒に選んでくれたに違いない。 そう想像するだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分の感覚を信じ、今この瞬間のときめきだけを掬い取る。 そんな風に年を重ねていく人たちには憧れるけれど、彼女の場合には、ただただ敬意しかない。
さて、この翌朝の筋肉痛。
これも私が人生を謳歌している、立派な証拠。 そう思えば、このだるい体も、少しだけ愛おしく感じられるのだ。
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